前回と同じように、その変化は、唐突だった。 前回の邂逅から、少年は、夢を見ている間、じっと、睨むように景色を見ていた。 景色に花畑が広がるのを、いまかいまかと待ち続ける。 青年の言っていた“時運”というのは、少年には分からない単語だったので、 “その時”がいつ来るのかは全く分からなかったのだ。 まだかまだかと待ち続け、ほんの少し、再会を疑い始めた頃。 その変化は起こった。 変化は唐突だったが、前回みたいにいきなり花畑が現れたわけではなかった。 現れたのは、道。 ぐにゃぐにゃと歪んだ、薄く光る道だった。 道とはいえないぐらい歪んでいたそれは、 少しずつ、少しずつまっすぐな道へと成って行く。 そしてそれがピンとまっすぐな道と成った時、少年は気付いた。 これがきっと、あの青年へと至る道なのだと。 そう確信した少年は、迷わずその光の道へと足を踏み出す。 すると、一気に視界が変わった。 少年の視界いっぱいに映ったのは、心から待ち望んでいた、花畑。 一瞬少年は呆けたが、すぐに、彼は、とその姿を探そうとする。 それより速いか否かの時に、声がかかった。 「ようこそ」 少年が勢いよく振り向くと、そこにはあの時と変わらず、 大きな湖のほとりに腰掛ける青年の姿。 「あえた……ほんとうにあえた!」 少年は青年に駆け寄る。 そしてその勢いのまま、青年に飛びつく。 青年は体を捻り、なんとか少年の小さい体を受け止めた。 「危ないですよ」 「うれしかったんだもの」 青年はたしなめたが、少年は気にしていないとばかりに喜色満面の笑みで答える。 余りにも嬉しそうだったので、青年もそれ以上問い詰めることはなかった。 「お久しぶりですね、お元気でしたか?」 「うん、ぼくはまだまだちいさなくにだけれど、げんきだよ。 いつあえるのかなって、ずっとまってたんだ」 「それは何より」 嬉しそうににこにこと笑う少年の姿に、青年も笑みがこぼれる。 「あえたら、なにをおはなししようかなっていうのも、ずっとかんがえてたんだ。 ねえ、きみのなまえは?」 少年の問いに、青年は困ったように答えた。 「それを、夢の中で答えるわけにはいかないのですよ。 少々複雑なので細かい理由は省きますけれど、 夢の中では、お互いの本当の名前を呼んではいけないのです」 「どうして?」 少年は悲しそうに顔を歪める。 そうっとその頭を撫でてやりながら、青年は努めて分かりやすく答えてやった。 「名前というのは、とても大事なものです。 ましてや、私達は国を背負っているのだから、なおさら。 その、名前を知ると、悪さをしようとする者達が、存在するのです」 「それじゃあ……ぼく、きみのなまえをきけないの?」 ますます落ち込んだ少年に、青年は元気付けるように口角を持ち上げた。 「ええ。“今は”、まだ。ですが、お互いに名前を付けあうことは出来ますよ」 「……え?」 青年の言葉に、少年は勢いよく顔を上げる。 「私たちだけの、夢の中での呼び名を決めれば良いのです。 その名は、存在を定義する真名ではありませんからね、 彼らも悪さをすることはできません。 あなたの好きなように、お呼びなさい」 途端、少年は顔を輝かせた。 「ぼくが、きみのなまえをきめていいんだね!」 「ええ、そういうことです。 私もあなたの名前を考えますから、あなたも私の名前を考えてくれますか?」 「うん!」 少年は嬉しそうに頷き、青年の名前を考え始める。 「ええと、ええと」 幾つも候補をあげながら、どれがいいかなと考え込む少年の姿は、とても微笑ましい。 青年もその様子を眺めやりながら、さてと少年の名を考える。 何か参考になるものはないか、とあたりを見回して、青年は小さく笑った。 少しして、少年は思いついた、と顔を上げる。 「おもいついたよ。きみのなまえは……“ザパック”」 「ざぱっく……あなたの国での、何か意味ある言葉ですか?」 聞きなれない名を復唱し、青年が尋ねる。 すると少年は頷いて、手を伸ばし、青年の髪に触れた。 「“夜空の輝き”……きみにぴったりでしょ」 「それはまた、詩的な響きですねえ。……ありがとうございます」 青年はくすぐったそうに目を細めた。 その青年の袖を、少年はせがむように引っ張る。 「ねえ、ぼくの、ぼくのなまえは?」 青年はとっておきを見せるように、ほんの少し焦らしながら、その名を告げた。 「あなたの名前は……“雪童(ゆきわらし)”。 私の国では、雪を呼ぶ子供のことを指します」 少年もまた、自国では聞きなれないその音を復唱する。 「ゆきわらし……ゆきを、よぶこども……」 そうして、驚いたように少年は呟いた。 「ぴったりだ」