名前を決めあった後も、雪童とザパックの逢瀬は続いた。

二人が言葉を交わすのは、ほぼザパックの夢側だった。

繋がっているのだから、ザパックが雪童の夢側に行くこともできるのだが、

雪童の方がザパックの方に行きたがったのである。

「だって、折角こんな花畑が広がってるんだから、わざわざ寒い夢(ところ)にいなくてもいいじゃない」

とは、雪童の談だ。

ザパックは一度だけ雪童の夢に行ったことがあるが、そこは一面白銀の世界だった。

それを見、雪童の国は、夢の中も雪一面になるほど、寒い国なのだろうとザパックは結論付けた。

ならば、夢の中だけでも暖かい場所にと思い、ザパック側での交流が続いている。

ある日、澄んだ湖を覗き込んでいた雪童が、ふとザパックに尋ねた。

「ねえ、どうしてザパックはいつも同じ夢を見ているの?」

雪童は、夢とは見るたびに変動するものだと思っている。


自らの夢とて、大抵は雪原が舞台であるものの、そこで起こる変化はまちまちだ。

だが、ザパックの夢は、いつだって同じで、暖かくて、綺麗な花畑と澄んだ湖がある。

全く、変わらない。

雪童の疑問に、ザパックは困ったように眉尻を下げた。

その様子を見て、雪童は慌てて付け足す。

「いいたくないなら、いいよ」

焦る雪童を見て、ザパックの表情は苦笑に変わり、それを否定した。

「言いたいくない訳ではないですよ。ただ、なんと説明したものやらと」 

ザパックは顎に手をやり、空を見上げる。

いつも同じ、青い空、白い雲、眩しい太陽。

幾らか考えがまとまったのか、ザパックが口を開いた。

「私は、いつも同じ夢を見るように、自分に術をかけているんです」

「じゅつ、を?」

雪童は首を傾げる。

自分達が夢で会えるように、結び付けているのも、

“術”というものであると、雪童はザパックに聞いたことがあった。

しかし、よく分からない。

ザパックにもそのことが分かったので、説明を付け加えた。

「この風景は、私が頭に浮かべている風景なんです。

眠ったときに、いつでもこの風景が夢に映されるように……

仕掛けをしていると言えばよいですかね」

いつでも、自分の想像した夢を見る。

それならば、雪童にも何となく分かる気がした。

雪童はふうん、と足元にある花を手に取る。

「でも、すごい具体的だね。ザパックの国に、本当にこんな風景があるとか?」

夢がどれだけ現実に近いは、人の想像力に左右される。

それも、雪童がザパックから聞いたことの一つだ。

しかし、ただの想像だけで、ここまで――

花の色、匂い、形、風の温かさ、太陽の暖かさが、まるで現実のように感じられる

――はできないと思ったのだ。

案の定、ザパックは雪童の問いに頷く。

「ええ。この風景は、私の秘密の隠れ家の風景なんです」

「秘密の隠れ家?」

雪童が目を輝かせて、詳しい話をせびる。

ザパックは、現実にあるという、この場所に思いを馳せるように目をつぶった。

「随分昔に、私の国の偉い人から、土地というか、山を与えられたんです。

しかし、そこは町に行くには不便なので、時々訪れる隠れ家として使うことにしたんですよ」

「どんなところなの?」

「とても良いところです。他の土地より、少々涼しめで、暑い時期によく行きますね。

私の私有地となっていますから、人の手は殆ど入っておらず、

ありのままの自然が広がっています。そんな土地の一部が、この風景なのですよ」

雪童は改めて風景を見渡す。

どこまでも広がる、優しい世界。

それを想起させるような光景。

ぽつりと、雪童は呟いた。

「いいなあ、行きたいなあ」

「いつか、現世で逢うことができたならば、いずれご案内しますよ」

「本当!?約束だからね!」

雪童は再びザパックに振り返る。

ザパックも、嬉しそうに頷いた。

「ええ。その時は、あそこに棲んでいる子達も紹介しますよ。

みな、いい子ばかりです」

ザパックがそう言い、雪童は少し首を傾げた。

「あれ、さっき、人は入らないって言ってなかった?」

ザパックは肯定し、悪戯っぽく笑う。

「ええ。ですから、“人ではない”子たちですよ」

雪童は殊更首を傾げる。

人ではないというなら、なんだというのか。

「ええと、どうぶつか、何か?」

それ以外に思いつかないらしい雪童の頭を、ザパックは優しく撫でる。

「いずれ、あの子達についても、ご説明しますよ。楽しみにしていてくださいね」

よく分からないながらも、ザパックの友達だと思ったのだろう。

雪童は明るく笑った。

「うん、約束だよ!」

「ええ、約束です」

そう言ってザパックは、右手の小指を差し出す。

雪童ははっとして、ザパックの指に絡ませるように、自身の右手の小指を差し出した。

それは、雪童が以前、ザパックに教えてもらった、ザパックの国での契りの作法である。

「たのしみにしてるね」

「はい」


契りを交わし、雪童は大事なもののように、そうっと自分の指を包み込んだ。