巻きなおされたゼンマイ


―――お前のその望み、叶えよう。


それが、“未来”で最後に聞いた音だった。


ごぼっと嫌な音がする。

まだ目を開けることが出来なかったから、それが俺が最初に得た情報だった。

体は液体に漬かっているはずなのに、触覚よりも聴覚の方が早かった。

それからようやく触覚が目覚めて、改めて自分が今、液体に漬かっていることを実感する。

そして、どうにか目を開ける。

辺りには誰もいない。それを耳で確認してから開けたのだけれど。

どうやらここはやはりコーラル城らしい。

一回しか来ていなかったが、見覚えがある。

手足をほぐしていると、遠くから声がしたから、一度目を閉じた。

「完成品ですよ!偶発的なものですから、まだ原因は分かりませんが…間違いなく完全同位体です!」

「原因などどうでもいい。出来たことが肝心なのだ」

ああ、酷く、懐かしくて…冷たい声。

声が近づいてきて、思わず声を出しそうになった。

出せるかどうかは分からないのだが。

「それで、あの、ネビリム先生のレプリカ情報は…」

「まだだ。計画が確固たるものになったら提供してやろう」

「ちぇ、まだですか。私は早くネビリム先生とジェイドと…」

ただただ懐かしい。そんなに前じゃないのに。

今でも、この手で師匠を殺した感触が残っているのに。

今、目の前にその師匠が立っている。

「培養液からはまだ出せないのか」

「いえ、体の構成は終わっています。すぐにでも出せますよ」

「ふむ…ならばすぐに手はずを整えよう。数日中に出しに来る。

お前はそれまでに他の片付けられるものを片付けていろ」

「分かりましたよ…横暴ですね」

その会話を最後に、声は遠ざかった。

どうやら自分はもうここから出ても大丈夫らしい。

だが、出される時はファブレ家へ送られる時だ。

懐かしんでいる場合じゃなかった。

もう二度と、同じ道を進まないように。

彼から、陽だまりを奪わないように、動き出さなければならない。

出来立てのレプリカは歩くこともままならないが、その前にまずはここから出られるかだ。

ガラス張りの培養槽。

自分はまだ筋肉が未発達の外見年齢十歳の子供。

力技ではほぼ無理だ。

…一つ賭けに近い案が浮かんだ。

どうせなら、その賭けにのってみよう。

(頼むぞ…!)

手に、力をこめる。

ガラスと、ついでに培養液がいくらか消滅した。

生まれたてでもどうやら超振動の制御は出来るらしい。

だが、今自分は造り立ての上、何も着ていない。

さすがにこの姿では歩き回れないので、何かないかと見渡した。

幸いその辺りに布が落ちていたので、ないよりはマシとばかりに体を包む。

どうやらディストの持ち物らしい。

ちょっと気が引けたが、背に腹は変えられなかった。

それより、音に気付いてディストが来るかもしれない。

手足をほぐしていたことが良かったのか、何とか歩けた。

なるべく、音を立てないように、慎重に動いて、どうにか外に出ることに成功する。

ディストの不用心に感謝。

さて、これからどうするか。

やることは山積みだが、なんにしても、色々準備はしなきゃならない。

コーラル城に一番近いのはカイツールだが、国の監視の下にあるのが問題だ。

身一つの不審者では、捕まりかねない。

というか、相変わらずのこの朱の髪と翠の眼がまずい。

どうしようかと考えていると、不意に声がかかった。

「君は、ルーク・フォン・ファブレ?」

すぐに、振り向いた。

そこには、師匠以上に懐かしい姿があった。

思わず声を出そうとしたが、声が出ない。

声帯はもう少し訓練しないと使えそうにないようだ。

結果的には良かったのかもしれない。

彼は、彼であって彼でない人物。

今名前を呼んでしまったら、色々いけない気がした。

「なんです、声が出ないのですか?」

何も反応しない俺を、口が利けないと判断したらしい。

今現在はしゃべることができないから、間違ってはいないな。

なのでその問いに頷くと、その人は、何故か嬉しそうな顔をした。

「君、行くところ、あります?」

今のところはない、との意味をこめて、首を横に振る。

すると、彼はさらに嬉しそうな顔をした。

何故かその顔は、懐かしくも寒気を走らせる、ある人の顔に似ていた。

「じゃあ、僕は君を連れて行きます。文句はありませんね?」

言外に、文句は言わせない、と告げられる。

そして俺の良く知る彼とのギャップに固まってしまった俺は、

不本意にも彼に担がれて運ばれることとなった。


担がれたまま、る恐る見上げると、すごい笑顔の、オリジナルのイオンの顔があった。


巻きなおされたゼンマイ
(もう一度、その音を)