一番目の変調


イオンに担がれたまま、俺はカイツール港に運ばれた。

港の兵たちが色々言いたそうな顔をしていたが、笑顔で黙らせている。(現在進行形)

(イオンって…こんな性格だったんだ?)

考えれば、俺が会ったイオンレプリカたちは、まだ生まれていない。

ならばこのイオンはオリジナルだ。

レプリカと違うのは当たり前なのだが。

…あの優しいイオンもしくは、無垢なフローリアンの顔でこの笑顔は止めて欲しかった。

しかも、似合わないわけでもなかったから、なおさらだ。

「イオン様!お帰りです」

イオンを呼ぶ声がする。

しかも、こちらも聞き覚えのある声だ。

また、声を出そうとしたが、やはり出なかった。

出たら出たでやはり問題なのだけれど、そんな俺に構わずイオンは返事をした。

それも随分と優しい声音で。

「アリエッタ、ただいま」

アリエッタは導師守護役の服を着て、魔物たちを連れて駆け寄ってくる。

「イオン様…それ、誰ですか?」

導師がいきなり見ず知らずの人間を抱えて帰ってきたのだから、当然の疑問だ。

多少疑わしい目をされても文句はいえない。

心配そうなアリエッタをよそに、イオンが言ったことは。

「拾いました。面白そうでしょう?」

面白そう。確かにイオンはそういった。

まさかそれだけで(自分で言うのもなんだが)こんな得体も知れない俺を拾ってきたのか?

「面白そう、ですか?」

アリエッタが首を傾げるのも無理も無い。

俺だってそう思う。

「ええ。彼、連れて帰ることにしました。

アリエッタ、何か彼のために服を探してきてもらえますか。あと、紙とペンを」

「よく分からないけど、分かったです」

本気でイオンは俺を連れ帰る気のようだ。

アリエッタはイオンに命じられて、魔物と一緒に去っていく。

イオンはそれを笑顔で見送ってから、おもむろに口を開いた。

「覚悟しておいて下さいね」

アリエッタに向けるのとは違う、冷たくはないが温かみもない声音。

今、イオンがどんな顔をしているか想像できてしまった。

なんだか見たくなくて、視線を地面に固定したままにしておいた。


どうやら導師はダアトへ帰還するらしい。

それで、そのまま船に乗せられた俺は、今何をしているかというと。

「うーん、なかなかいい光景ですね」

「アリエッタの家族も、嬉しそう…です」

アリエッタのライガに懐かれていた。

船に乗って、アリエッタが持ってきた服を着て、いざ話をしようかというときだった。

本当に、いきなりライガがなめてきた。

アリエッタいわく、俺を気に入ったらしい。

くすぐったくて、なんだか楽しくて、その礼とばかりに毛並みをなでたら。

さらに懐かれて、今はじゃれあいにまで発展している。

ミュウといい、俺ってもしかして魔物に懐かれやすいのか?

あまり嬉しくない特技だ。

というか、これはいつまで続くんだろう。

「アリエッタ、そろそろその子と話をするから、兄弟を引かせて下さい」

「はいです。おいで」

イオンがそういったので、アリエッタが手招きした。

するとライガは大人しくアリエッタの元まで戻っていく。

ちょっとさびしい感じがした。

……やっぱ、魔物もそう悪くないかも。

ふわふわした手触りを思い出しながらそう思う。

少しして、ライガが戻ったのを確認したイオンが切り出した。

慌てて佇まいを整える。

「さて、本題に入りましょう。字は書けますか?」

頷くと、イオンはアリエッタに持ってこさせた紙とペンを差し出した。

「では、言いたいことがあるなら、書いて下さい」

どうするべきか。

今後もダアトにいるなら、最高権力者である導師と仲良くしておいて損はない。

だけど、言ったら最後、からかわれ続ける気がする。

…だめだ、イオンの顔がごまかすことを許さないと語っている。

これは腹をくくるべきか。

少し考えてから、ペンを持って書き始めた。

『俺は、キムラスカ・ランバルディア王国の公爵家子息、ルーク・フォン・ファブレのレプリカだ。

数時間前に脱走してきたところ』

どんな反応を返すんだろう。

「ああ、ヴァンがディストと共謀して作ってたあれですね。うん、面白そうです」

これはあれか、突っ込んだ方がいいのか。

ここは突っ込まない方がいいと言っている直感に従っておこう。

「では、なぜ脱走したのですか?目的は?」

まあ当然の質問なのだが。

『…五年後に、ダアトでするべきことがある』

「何ですか、それは」

『それは言えない』

これはさすがに無理だ。

オリジナルイオンは預言で自分の死は知っていたらしいけど、

まさかあなたとあなたのレプリカを助けたいとは言えない。

アリエッタは今、そのことは知らないのだろうし。

頼む、今はこれ以上突っ込まないでくれ。

願いが通じたのか、イオンはふーんとだけ返した。

「では、名前は?」

『アッシュ』

名前は、アッシュの名前を貰うことにした。

今度こそ被験者ルークは“ルーク”の名前で生きているはず。

自分は、聖なる焔の光から生まれた、複製品。

焔の名残。

“燃え滓”で十分だ。

「燃え滓ですか。そりゃまた随分皮肉な名前ですね」

イオンは興味なさ気にそういうと、少し考えてからこういった。

「それで、アッシュ。君、その五年後まで僕の元に来ませんか?」

うん、なんだかそう言われる気がしてた。

最初のイオンの(ちょっと怖い)笑顔を見てから覚悟はしていた。

それに、導師イオンの庇護の下なら、ヴァンに見つからずに神託の盾にいれるかもしれない。

このイオンの下にいるのは大変そうだが、そこは我慢だ。

意を決してペンを動かす。

『いいよ』

「よし、決まりです。アリエッタ、友達が増えましたよ」

「アッシュ…もアリエッタの友達、ですか?」

アリエッタは嬉しそうに尋ねてきた。

アリエッタは歳の割りに小さい。

敵対している時は笑顔なんて見なかったが、こうしてみるとやっぱり可愛い。

友達、というよりは妹が出来た気分(でもアリエッタの方が年上)だ。

頷いてやると、ライガと共にタックルしてきた。

「新しい友達、嬉しいです!」

…ちょっと重いけど、ここは言わないでおこう。

「アリエッタ、良かったですね」

そういいながらアリエッタを撫でているイオンが、こっちをあの笑顔で見ていたからだ。


一番目の変調
(この選択が、未来にどのように作用するかは、まだ分からないけれど)