重ならない合唱


ひたすら、走った。

イオンの死を見届け、ディストにレプリカイオンたちの廃棄日を尋ねに行けば。

なんとそれは今日だという。

イオンが死んだ日に要らないレプリカの廃棄。

なんと手の早いことか。

もう何度目になるか分からないモースへの悪態をついた。

ダアトのワープ装置を使って火口へ。

熱いし魔物は手ごわいし一人だし。

だが、文句はいってられない。

今まさに、六つの命が消えようとしているのだ。


遠くに、人が見えた。

足を緩めず、目を凝らす。

すると、誰かが何かを火口にさらしているのが見えた。

兵士が、レプリカイオンの足をつかんで、火口にさらしているのが。

「手間を焼かせるんじゃねえよ」

声が聞こえて、手は、放された。

「やめろぉぉぉ!」

叫んだ。

レプリカイオンじゃなくて、俺が。

夢中で詠唱をしながら、火口へ飛び込んだ。

レプリカイオンまで、もう少しで手が届く。

あと5メートル。

3メートル。

1メートル。

……届いた。

その手をつかんで、急いで上昇した。

時間をかけると、熱で肺がやられる。

急に上がったため、一瞬息が止まったが、何とか着陸できた。

そこには、驚いた顔の兵士。

「き、貴様、何者だ!」

さっき兵士が言った言葉が蘇る。

『手間を焼かせるんじゃねえよ』

それは、自分で死ねということか?

殺す手間も惜しいということか?

「ふざけんなよ……」

手に、力をこめた。

俺たちは、人間であることを否定された?

「人間をなんだと思ってるんだ!」

渾身の力をこめて、兵士を殴って吹っ飛ばした。

遠くに墜落した音がする。

そこで、視界の端で緑の色彩が僅かに動いた。

あわてて辺りを見回した。

緑の色彩が、レプリカイオンが、1、2、3……3?

廃棄されたはずの、レプリカイオンの数は。

5。

「っ他の奴らは!?」

返事が返ってくることは期待していなかった。

いや、聞きたくはなかった。

「おとされた」

返事をしたのは、レプリカイオンの誰か。

助けられなかった。

二人も、助けられなかった。

二つの、命が、無情に消えた。

俺に落度はなかったか?

もっと早く来れたんじゃないか?

ほかの二人も、助けられたんじゃないか……?

「どうして、おれ、いきてる」

レプリカイオンが言った。

「いかなきゃ、いけない」

立ち上がることもできない状態で、火口に向かおうとするレプリカイオンを必死にとめる。

「行くな!」

びく、と捕まえたレプリカイオンがはねた。

「死ぬな、生きろ、生き延びろ! 絶対に、死んじゃいけない!」

俺に預言を、未来を託して死んだイオン。

レムの塔で、消えていったたくさんのレプリカたち。

空っぽだといいながら死んだシンク。

泣くように、縋るようにしながら逝ったイオン。

いろんな影が、重なった。

「俺たちは人間なんだ……勝手に作られて、殺されていいはずがない! 生きてるんだ! 俺たちは今、生きてるんだよ!」

頬に、何か熱いものが伝った。

とたん、急に耳が痛くなった。

耳元で、とても大きな悲鳴が上がった。

耳元だけじゃなく、その辺り、あちこちで。

レプリカイオンたちが、泣いていた。

まだ碌にものも言えないレプリカイオンたちは、ひたすら泣き叫んでいた。

何と言おうとしたかったのかはわからない。

言葉の無い泣き声に、何の思いがこめられていたのかは、分からない。

ただ、他の残った二人のレプリカイオンたちも一緒に、抱きしめた。

「生きろ……!」

抱きしめて、一緒に泣いた。

この涙が誰のためなのかは、分からない。

レプリカイオンたちは、生きていることに泣いているのだろうか。

先に落とされてしまった二人のために泣いているのだろうか。

俺は、三人のレプリカイオンたちが生きていることに泣いているのだろうか。

二人の、落とされたレプリカイオンのために泣いているのだろうか。

それとも。

さっきまで生きていた、さっきいなくなってしまった。

イオンのために、俺は泣いているのだろうか。

分からなかった。

どうして、なんで。

その問いの答えはやっぱり分からなくて。


分からない、分からない、分からないことだらけだけど、せめて今だけは。


重ならない合唱
(今ここに生きている命だけは、確かだった)