溶岩の奔流へ


ある日、いきなりアッシュがいなくなった。

それは本当に唐突に。

出かけてくる、と僕らを家に残して、そのまま。

アッシュに何かあったことだけは確実だ。

でも、パニックになっていても仕方が無い。

僕らにできることを考えなきゃいけない。

「ヴィン、アッシュがどこに行くって言ったか覚えてる?」

「えっと……遠出する、しか言ってなかった」

一番年長のヴィンは目に見えて騒がしくはないけれど、確実に落ち着きがなかった。

「ここはパダミヤ大陸だから……遠出ってことは違う大陸に行ったのかな」

「ど、どーすんだよ! 俺たちここから出たことないのに!」

二番目のルミナはすっかり慌ててとにかくうるさい。

ああ、何で一番年少のはずの僕が一番冷静なんだ。

「仕方ないだろ。アッシュを探すためだ。覚悟を決めろ」

じゃないと、いつまで経っても話が進まない。

さて、どうするか。

「そういえば、フラーメは?」

僕たちがアッシュに拾われる前から、アッシュが飼っていた魔物の鳥。

あいつはアッシュの居場所を察知できるらしい。

「確か、アッシュが連れて行ったよ。でも、帰ってこなくて……」

アッシュもフラーメも。

ヴィンがまた落ち込んだ。

「じゃあ、やっぱり探しに行くしかないね」

「どこを?」

どこか分かっていたら苦労しない。

「居場所が分からないんだ。世界中に決まってるだろ」

「えええ!? お前、どれだけ広いと思ってるんだ!」

「ルミナはいちいちうるさいな。」

ルミナとにらみ合っていると、ヴィンが口を挟んだ。

「でも、セプ。アッシュは僕たちに帰ってくるまでに本を読んでおけって言ったんだよ。だったら、その日のうちに帰ってくるつもりだったんじゃないかな」

なるほど、確かにヴィンの言うとおりだ。

「じゃあ、ダアト……かな」

ここはダアトとダアト港の間ほどにある。

何かあったとするなら、大きな町であるダアトを探すのがいいか。

「そうと決まれば、早く行こうぜ!」

さっきまでぐずってのはどこのどいつだ。

駆け出そうとしたルミナを制す。

「ちょっと待ちなよ。アッシュが以前言ってだろ? 僕たちは、ダアトでは有名な、導師イオンに似せられて作られたんだって。

それなのに導師と同じ顔が3つもうろうろしてたら、確実に怪しいだろ」

アッシュは、僕たちに自我が芽生え始めたころに、いろいろ教えてくれた。

僕たちが導師イオンってやつのレプリカだってこと。

レプリカを良く思わないやつが多いってこと。

そのことを考えると、この顔で教団の総本山であるダアトをうろつくのはマズイ。

「それなら、僕が行くよ」

ヴィンが名乗りをあげた。

「僕はアッシュに譜術をかけられて片目青いし……緑の方を隠して、譜術で髪の色を変えれば、ちょっと顔が似てても気づかれないんじゃないかな」

ヴィンはこういうところでしっかりしてて、機転が利く。

さすが最年長と、とりあえずほめておこう。

ルミナを一睨みしてから、同意した。

「うん、それなら確かにヴィンが一番いいかもしれない」

「じゃあ俺たちはどうするんだ?」

ここでただじっとしているのは時間が惜しい。

「町の外でも探してみようか。手がかりくらいはあるかもしれないし」

二人も特に反対はしなかった。

ルミナは港の近く、僕は町の近くと役割分担を決めたところで、急いで準備する。

ヴィンは言った通り、緑の目を隠すために即席の眼帯を作ってつける。

僕とルミナは一応顔と髪を隠すため、深くフードをかぶった。

「それじゃ、なるべく深追いはしないこと、夜にはここに戻ること。いいね?」

頷きあって、家を出た。

アッシュ、どこにいるんだろ。


アッシュに鍛えられたおかげで、辺りの魔物は楽勝だった。

アッシュならなおさらだろう。

町の外でのトラブルではないのだろうか。

ちょっと変な音がした気がして、後ろを振り向いて見上げた。

そこには高い高い山。

「えーと、これは……ザレッホ火山?」

確か、僕らが落とされたところだ。

ここで、僕らとアッシュは出会った。

まさかとは思うけど、一応行ってみよう。

ここも町の近くではあるし。


火山はすごく暑くて、フードをとった。

まさかこんなところで人には会わないだろう。

熱気を感じながら下に下りる。

下を見れば、熱いなんてところじゃないマグマが流れている。

僕の兄弟は、二人、ここで殺された。

僕たちも、殺されかけた。

勝手な都合で作られて、勝手な都合で殺される。

アッシュがいなければ、こんな世界、憎んでいたかもしれない。

「ふざけるな……!」

殺されてたまるものか。

作られたからには、僕の命は僕のものだ。

僕のやりたいように生きてやる。

そう思って、兄弟たちを飲み込んだマグマをにらみつける。

ふいに、音がした。

手を、叩く音。

「!?」

慌てて振り向くと、そこには見たこと無い男が立っていた。

「ふむ、レプリカイオンの生き残りか?」

男の立ち振る舞いには隙がない。

相当の手鍛だ。

しかも、発言からすると、僕を作って殺そうとしたやつ。

殺気を向けるには十分だった。

「アンタ、誰」

僕の殺気にも怯まず、男は少し笑った。

「ふむ、なかなかの殺気だ。生まれてすぐ殺されかけたレプリカとは思えない」

当たり前だ。

アッシュに鍛えられたんだから。

「殺すのは惜しい。私と共に来い」

何だそれ。

男が僕を見る目つきはまるで道具を見る目つきだ。

一度殺しかけておいて、使えそうなら使おうって魂胆か?

ふざけるな、と声を出そうとして。

止まった。

男の服の端に、何かついているのを見つけたからだ。

それが何かを確認して、僕は息を飲む。

少し考えてから、頷いた。

心の中でヴィンとルミナに謝っておく。

「ふむ、ならば来い」

男は背を向ける。

拾ったばかりの奴に背を向けるなんて、なんて無防備な。

それとも僕と戦って勝てる自信があるのか。

ちょっと腹が立ったけど、今は気にせずに男を追いかける。

そして、服の端についていたものをこっそりとった。

間違いなかった。

男の、服についていたそれは。


フラーメの羽だった。


溶岩の奔流へ
(ちょっと待って、それじゃあ)