近くて遠い距離


男はヴァン・グランツと名乗った。

世界は預言というものに支配されていて、それを変えるために活動していると。

懇切丁寧に預言について説明されたけど、アッシュから聞いたことばかりだった。

生き残ってさ迷ってたことを演出するために、何も突っ込まなかったけど。

それより、この男の服にフラーメの羽がついていたことが問題だ。

フラーメの羽は抜けた後透明になる。

僕はアッシュにそう教えられていたから、見つけることができた。

少なくとも、この男はフラーメの羽がくっつくほどフラーメ、ひいてはアッシュに接近したはずだ。

きっとアッシュの手がかりを知っているに違いない。

だけど、急いて聞くと事を仕損じる可能性がある。

まずは様子見だ。

しばらく歩くと、変な譜陣が見えた。

言われた通りそこに乗ると、光って、気づいた時には建物の中にいた。

「どこ、ここ」

見覚えがない。

「ダアトの教会だ」

ローレライ教団の本部か。

ヴァンが歩き出したので、ついていく。

「時が動き出すのは、アクゼリュスについての預言の頃…今から1年は先だ。お前にはその間にある程度の知識と力をつけて貰おう」

「分かってるよ」

そっけなく返事をしたが、ヴァンは特に何も言ってこなかった。

「指導はリグレットにやらせよう。それに、レプリカについても知る必要があるな。

とりあえずお前はディストの元で検査を受けろ。ついでにレプリカについても教えて貰うといい。おい、誰か」

ヴァンが呼ぶと、兵士が現れ、二言三言会話したかと思うと、兵士が敬礼した。

「私は忙しいのでな。後でリグレットを向かわそう。細かいことはそいつに聞け」

ヴァンはそれだけ言って去っていった。

「おい、行くぞ」

兵士が呼ぶのでとりあえずついていく。

この兵士なら一発で気絶させられそうだ。

このまま行方をくらましてここを探索するのもアリか。

行動に移す前に、兵士がある扉で止まった。

「ディスト響士。総長閣下から言伝を承っております」

「入りなさい」

なんだか癇に障る声だ。

兵士が扉を開ける。

そこには奇妙な椅子に座った奇妙な服を着た男がいた。

周りにあるごちゃごちゃしたものは、確か音機関というやつだ。

まさか、ここで検査を受けるのか。

少しして、男が舌打ちした。

「ちっ仕方ないですね。分かりましたよ。そうヴァンに伝えてください」

「はっ」

兵士は敬礼して去って行った。

「私の名前はディスト。あなたは?」

男は椅子に座ったまま問いかけてくる。

名前を答えようとして、踏みとどまった。

自分はまだほとんど何も教えられていない赤子同然の設定だ。

アッシュからもらった名前は、答えられない。

「……レプリカイオン」

それしか、なかった。

その答えにディストは満足しなかったようだが、ため息をつくに留めた。

「まあいいでしょう。知識がついたら自分で名前を考えなさい。不本意ですが、ヴァンからあなたの検査を頼まれたのでね。

私は忙しいのです。さっさとそこに横になりなさい」

得体もしれない奴に身を任せるのはかなり不快だった。

動作やしゃべり方が気持ち悪いし。

しかし、今はまだ逆らうわけにはいかない。

悪態だけついて、しぶしぶ言うことに従った。

よく分からない作業を延々とされたあと、もういいです、と言われたので起き上がった。

「あと、レプリカについての知識でしたか? ……面倒ですね。そこの扉を抜けて階段を降りた先に、あなたと同じレプリカがいます。

レプリカについては彼に聞きなさい。彼は作られて5年近く経ってますからね。いろいろ教えてくれるでしょう」

自分と同じレプリカ。

レプリカイオンの一体だろうか。

ヴィンやルミナと同じような、僕の兄弟。

会ってみたい。

もう僕の方を見ていないディストを一瞥したあと、示唆された扉に向かう。

「せっかく完全同位体が見つかったのに、何で私がこんなことを……」

ディストがぶつぶつ言っているのが聞こえたが、無視した。


階段は結構長くて、申し訳程度に明かりがついている。

転ばないように慎重に、降りて行った。

足音が響いて、そして声がした。

「誰だ?」

息が止まった。

それは、とてもとても聞き覚えのある。

「ヴァン? ……いや、この、気配…… っ!?」

向こうも息を飲んだ音がする。

音がした方へ、走った。

「アッシュ!」

そこには、捜し求めた朱色があった。

「セプ!? お前、何でここに……!」

アッシュはフラーメと一緒に牢の中に閉じ込められていた。

聞きたいことが、たくさんあったはずだった。

でも、アッシュが名前を呼んでくれた時、全部吹っ飛んで。

「アッシュ……!」

牢越しに、アッシュの名前を呼ぶのが精一杯だった。


近くて遠い距離

(手が届きそうで、届かない)