それぞれの旅立ち


アッシュがいなくなって、そしてそれを探しに行ったセプまでいなくなった。

弟にあたるくせに生意気な奴だけど、それでも心配だ。

セプが担当していたのは、ダアトの周辺。

なら、その辺りに二人がいなくなった鍵があるのかもしれない。

ヴィンと一緒に、今度はその辺りを探すことにした。

「セプまで、どこに行っちゃったんだろ……」

ヴィンが不安げに見回している。

「アッシュもセプも大丈夫だ。絶対無事だから、俺達で見つけてやろうぜ」

「うん……」

とは言っても、もう二日もこの辺りを探しているが、何も見つからない。

正直、少し疲れていた。

それに、そろそろ日が暮れる。

「いったん帰ろうぜ、ヴィン。もう日が暮れる」

「そうだね……僕達に何かあったら、アッシュたちが帰ってきた時に怒られちゃうね」

今日は引き上げて家に帰ることにした。

ここまでは昨日と同じ。

違うのは。家に着いた後。

「あれ? 何か、あるよ」

ヴィンが、家の扉に挟まっていた何かを見つけた。

「何だ、これ」

開くと、見慣れた文字。

“ヴィンとルミナへ               サスセプト”

「せ、セプの手紙だ!」

慌てて開いて、二人でのぞきこんで読む。

それは間違いなくセプが俺達に宛てた手紙だった。

それには、捕らえられたアッシュを見つけたことと、自分もここから動けないこと、それから俺達二人への頼みごとについて記されていた。

「……これ、間違いなくセプの手紙だよな?」

「筆跡は、間違えようがないよ」

「でも、ここに書いてある、アッシュの頼みは……」

俺達二人に、すぐにパダミヤ大陸を出るようにとのことだった。

さすがにこれは驚いた。

今まで、本当につい昨日まで、家からすら出たことのなかった俺達が。

この大陸を出るなんて。

何でまた。

さらに読み進めると、二人で別れ、マルクトに行く方は国、特に首都の様子見を。

キムラスカに行く方には、人物限定で様子を見て欲しいと書かれていた。

それは、アッシュのオリジナルであるルーク・フォン・ファブレ(俺達はここで初めてアッシュのオリジナルの名前を聞いた)と、

その婚約者ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア(キムラスカの王女じゃないか!)と、ルークとやらの使用人、ガイ・セシルだった。

そもそもオールドラントの国なんてダアトのほかにはキムラスカとマルクトしかないんだから、必然的にどちらかの国になるのだろうが。

正直、衝撃が大きすぎて何がなんだかさっぱり状態だった。

最後に、明日の夜にダアトの教会の裏に来るように書かれていた。

そこでセプが詳しいことを教えてくれるらしい。

ということはセプもアッシュもダアトにいるということか。

「ヴィ、ヴィン、どうする?」

とりあえずヴィンに意見を求めてみる。

思わず動揺して、声が上ずった。

「どうするって言っても、アッシュが言ってることなんだから、従う他無いよ。とにかく、セプの指定した時間にここに行ってみよう」

そういやそうだ。

ちょっとヴィンが年上に見える。

いや、一応兄に当たりはするんだけどさ。


真夜中に、二人でフードを被って教会の裏に回った。

見張りがいるかと思ったけど、意外と少なくて、簡単にたどり着けた。

そこにいる、見覚えのある色彩を発見して、とりあえず安心する。

「セプ!」

「静かにして。二人ともいるね?」

少し辺りを見回したセプが、俺達を発見したようだ。

「ねえ、セプ、一体何があったの? アッシュは?」

「アッシュは今全く身動きができないんだ。それで、僕がアッシュの伝言役」

「アッシュは大丈夫なのか?」

捕らえられていると手紙に書いてあった。

アッシュはあんなに強いのに、一体誰が捕らえられたというんだろう。

「とりあえずは無事。いつ解放されるかはわかんないけど……少なくとも殺されるようなことはないと思う」

思わず息を吐く。

「安心はできないよ。アッシュを捕まえた奴……っていうかなんかアッシュは力を隠して自分から捕まったみたいなんだけど、

ヴァン・グランツっていう神託の盾の主席総長がいて」

自分から捕まった?

え、は?

セプは呆然とする俺に構わず続ける。

「僕はレプリカイオンの中で偶然生き残ったフリをして、奴に近づいたんだ。

で、それで他にも生き残りがいるかもしれないと思って、今、パダミヤ大陸中を探して回ってるはずだ」

必要な分だけ残したはずの、導師のレプリカが辺りをうろついていたら困るわけだ。

「それで、僕達にパダミヤ大陸を出るように言ったんだね」

「そういうこと」

大陸を限定せず、世界に逃げるなら、見つかる確率はかなり低くなる。

それでもローレライ教団は世界中に根を張っているから、注意は必要だと思うが。

そんなことよりも。

「それより、なんでアッシュは自分から捕まったんだ?」

そう、それが問題。

「それが僕にもよくわかんないんだよね。のち後必要だとかなんとか言ってたけど」

聞いてもよく分からなかった。

セプも分かってないんだから当たり前なのかもしれないが。

「それから、僕もここに残ることにした。アッシュも心配だし、一回奴に近づいたからには、姿を消したら怪しまれるだろうしね」

「大丈夫?」

「僕の演技にも気づかないような馬鹿だよ。心配ないさ」

そんな、セプ曰く馬鹿な奴に何でアッシュは自分から……。

今度会えたらちゃんと聞いてみよう。

……いつ、会えるだろうか。

「そういうわけで、アッシュは僕に任せて、二人は早く大陸から逃げな。

あ、ヴィンは自分の譜術で髪の色を変えるようにって。ルミナは譜術が得意じゃないから、どっかで染料でも買って髪の色を変えた方がいいってさ」

「分かった」

正体を隠して逃げるんだから、そのぐらいの変装は必要だろう。

セプがちょっと辺りを見回しながら、若干焦り気味に言った。

「もう行って。僕もあまり時間がないんだ。何かあったらフラーメを遣わすから」

フラーメもやっぱりここにいるのか。

まだ全部の疑問には答えてもらってないが、セプにも色々事情があるだろう。

ちょっと慌だたしいし名残惜しいが、今はセプの言葉に従ってここを出よう。

ケンカしてばかりの兄弟だけど、よく分からないまま残すのはさすがにちょっと不安で。

「セプ、死ぬなよ!」

去り際に、それだけ言った。

「アンタたちもね」

それで十分だった。


それから、俺らがセプに再会するまで、実に二年近くの時が流れることになる。


それぞれの旅立ち
(信じているからこその、別離)