つくられたもの


大好きなイオン様が死んだ。

それは信じられない、信じたくないことだけれど、最後に握った手の感触は、まだこの手に残っている。

アッシュに連れられて行った先で、イオン様の最後の言葉を聞いた。

“僕の分まで生きて下さい”

イオン様が安心できるように、その言葉に従おうと思う。

どうすればいいかと、アッシュに相談しようと思ったのだけれど。

アッシュは、どこにもいなかった。

最後に会ったのは、イオン様の下に向かう時。

その後、泣いて泣いて、気を失ってしまった。

フォンの話だと、アッシュがアリエッタを部屋まで連れてきてくれたらしい。

その時アッシュに託されたという伝言も聞いた。

何で、イオン様が死んだことを誰にも言っちゃいけないんだろう。

アッシュが言ったことだから、聞いた方がいいとは思うのだけれど。

すると、自分はどこに行けばいいのか。

今、自分はダアトに何の地位もない。

イオン様が死ぬ直前に、自分を導師守護役から外したから。

でも、森に帰るのもなんだか気まずい。

そんな感じで、意味も無くダアトに留まっていた。


アッシュを探して教会を回っていると、不意に笑い声が聞こえた。

その声はとても聞き覚えのある声で。

思わず自分の耳を疑う。

その声をたどると、そこには。

死んだはずのイオン様と、大嫌いなアニスが楽しそうに笑っていた。

なんで。

イオン様は死んだはず。

なのになんであそこにいる。

それも、そばに大嫌いなアニスを付き従えて。

よく見れば、アニスは導師守護役の服を着ている。

アニスが、イオン様の守護役?

分からない。

何で。

何で。

どうして。

思わず、叫びそうになった。

そこで、アッシュからの伝言がよみがえる。

“イオンが死んだことを、誰にも言っちゃいけない”

アッシュなら、きっと知ってる。

どうして死んだはずのイオン様がいるのか。

どうしてよりによってアニスといっしょにいるのか。

アッシュなら。


その日から、とにかくアッシュを探すことに専念した。

イオン様とアニスが一緒にいるところを見たくなかったのもある。

でも、アッシュは見つからなかった。

訳が分からなくて、悲しくて、もう教団を出ようかと思った頃。

この前主席総長になった恩人に、声をかけられた。

彼曰く、第四師団を指揮する師団長にならないかと。

魔物が家族の自分に従う人間が果たしているのか。

ただでさえ自分は教団の人間に嫌われているのに。

彼は、兵士を鍛えて欲しいといった。

私が鍛えた兵士なら、私に従うだろうとも。

彼は私がここのところ沈んでいるのは導師守護役を解雇されたからだと思ったらしい。

師団長になって、力をつければ、また導師守護役になれるかもしれないと言ってきた。

この人は、イオン様が死んだことを知らないのだろうか。

でも、死んだはずのイオン様はここにいて。

頭が混乱してくる。

でも、地位を得れば、アッシュを自由に探せるようになるかもしれない。

とにかくアッシュだ。

アッシュを見つければ、きっと私がわからないことを教えてくれる。

アッシュを見つけるために。

私は、頷いた。


しばらくは、師団を鍛えることと、書類仕事に追われた。

書類仕事なんてしたことなかったけど、リグレットという総長補佐が色々教えてくれた。

アッシュを探す時間は少なくなったけど、忙しければイオン様とアニスを気にせずに済む。

そんな生活が、半年近く続いた。

ある日、総長が新しい六神将を連れてきた。

名前はシンクというらしい。

声と、髪の色がとてもイオン様に似ている。

何かが分かりそうで分からなかった。

総長に挨拶を促されて、ぼそりと名前だけ告げた。

睨まれた気がして、ぬいぐるみに顔を埋める。

それでもその痛い視線は消えなかった。

シンクの紹介が終わり、解散となって、自分の部屋に戻る。

戻る途中で、シンクに進路を阻まれた。

「アリエッタに何か用、ですか」

シンクが私を睨んだのを見て、フォンが間に立つ。

「そう構えないでくれる? えーと、フォン、だっけ」

「何でアナタがその名前、知ってるですか!」

さっき初めて会ったばかりの人間が。

それに、軽々しくその名前を呼んで欲しくない。

この名前は、イオン様と私と、彼とで考えた。

「アッシュに聞いた」

その、彼の名前が、出てきた。

「アッシュを知ってるですか!?」

ずっと、探し続けた、アッシュ。

見つからなかったアッシュ。

そのアッシュを、シンクが知っている?

「静かにしてよ。僕はアッシュにアンタを連れてくるよう頼まれたんだ」

アッシュが私を呼んでいる?

「アンタはアッシュに会いたいの?」

そんなこと、決まっている。

ずっとずっと、探し続けていたのだ。

「会いたいです! アリエッタ、アッシュに会いたいです!」

アッシュに会えば、ずっと自分が抱えてきた悩みを全部解決してくれる。

きっと何もかもがすっきりする。

「じゃあ、僕についてきな。ああ、その魔物たちは目立つから置いてきて」

フォンたちに、大丈夫だと目配せして、シンクについていく。


ああ、ようやくアッシュに会えるのだ。


つくられたもの
(アッシュ、今行くよ)