食い違う旋律


いらいらする。

ずっと下を向いてばかりで、僕の方を見向きもしない。

ただ、後を着いてくるだけ。

何だってアッシュはこいつを呼んだんだろう。

何の役にも立ちそうにないんだけど。

ああ、でもアッシュの頼みを断るわけにもいかないし。

本当に、いらいらする。


ディストは今は不在。

それを分かっていたから、特に足音を消すこともなく進んだ。

「ここ、牢屋……? アッシュ、本当にこんなところにいるですか?」

「いるったらいるんだよ。いいから黙ってついてきな」

いらいらした口調で言ったら、アリエッタはちょっとビクついた。

余計にいらいらする。

無言で階段を下る。

やがて、小さな明かりが見えた。

「……セプと、アリエッタか」

そして、声がした。

まだ距離があるけど、そんなことアッシュには関係ないんだよね、やっぱ。

「うん、言われた通り、連れて来たよ」

「アッシュ!」

アリエッタが僕を押しのけて駆け下りだした。

「危ないな! 何すんのさ!」

それで落ちるようなやわな鍛え方はされてないけど、危ないことに変わりない。

けど、やっぱり僕に見向きもしなかった。

いらいらするを越えて腹が立った。

「アッシュ、アッシュ、アッシュ! アリエッタ、アッシュ探したです! アッシュに言いたいことがあって、あのね、あのね、えーと、イオン様が、アニスが!」

「とりあえず落ち着け、アリエッタ」

ふーん、こいつ、オリジナルのイオンを知ってるんだ。

待てよ、ってことは、こいつ、僕達が会う前のアッシュを知ってるのか?

そう思ったら、なんだか余計に腹が立った。

牢にしがみついて、急き込んで話そうとするアリエッタを、アッシュが宥めた。

牢の隙間から手を出して、頭を撫でている。

「ごめんな、連絡するのが遅れて。イオンを見たんだろう?」

「そうです! それで、アニスが!」

「だから落ち着けって……分かってるから。な?」

アリエッタが頷く。

アッシュの声はとても優しい。

それは、僕達が拾われたばかりのころ、必死に何かを伝えようとしていた声に似ている。

諭すように、あやすように。

今、その声を向けられているのは、僕達じゃない。

得体の知れない、腹立たしい子ども。

「今いるイオンは、アリエッタが知っているイオンじゃない。分かるか?」

「よく、わかんないです。でも、あの人は……何か、違うです」

「それだけ分かっていれば十分だよ。今はな」

アッシュが頭を撫でているせいか、アリエッタもだいぶ落ち着いたように見える。

あくまで見えるだけだけどね。

「どういう、ことですか?」

「ごめんな、今はまだ詳しく話すわけには行かないんだ。色々事情があってさ」

今はまだ、ってことはアッシュはいずれは話す気か。

「その内、俺はここを出て六神将に加わる。その時、話すよ」

「アッシュ、アリエッタと同じとこに来るですか」

目に見えてアリエッタの顔に喜色が浮かんだ。

そんなにアッシュと同僚になるのが嬉しいのか。

「ああ、その時まで待てるか?」

「アッシュが言うなら、アリエッタ、待つです」

「いい子だ」

嬉しさが限界を超えたのか、アリエッタが牢越しにアッシュに抱きついた。

何が腹立たしいって、アッシュもアリエッタを抱きしめ返してることだ。

アッシュが、僕らのアッシュが。

こんなガキに、優しい声を向けて、優しく撫でて。

この気持ち悪くて鋭い気持ちをなんていうのか、僕は知らない。

「その時は多分そう遠くない。それまで、今のイオンにはあまり近づかない方がいい」

「分かりました」

「今日はこの辺だな。セプ、アリエッタを送っていってくれ」

ああ、やっぱりそうなるのか。

何で僕がとも思うけど、アッシュには逆らえないという思いもあって。

腹立たしい。

理由が分からないから、なおさら。

「セプ?シンクじゃ、ないですか?」

耳慣れない単語を聞いて、アリエッタが首をかしげた。

「今は色々あってそう名乗ってるけど、本名は別にあるんだ。でもアリエッタ、セプをセプと呼んではいけない。シンクと呼ぶんだぞ」

「はい」

ちょっと安心した。

こんなガキなんかに、僕の大切な名前を呼ばれたくない。

「……とっとと行くよ」

アリエッタが付いてきてるかは確かめない。

もう顔を見るのもいやになってきた。


無言で階段を上って、牢を出る。

そして、さっきアリエッタを見つけたところまで戻ると、獣たちが待っていた。

「みんな、ただいまです」

明らかに顔に明るさが戻ったアリエッタを見て、獣たちが喜んでる。

そんなにそのガキが大事か。

そんな価値がそのガキにあるのか。

アッシュが気にかける理由が、そのガキのどこにあるのか。

「じゃあね」

「あ、シンク、あの……」

呼びかけられることすら、不愉快だ。

沈黙が続いたのを見て、仕方なく振り返ると。

なんともいえない顔をしたアリエッタがいた。

しかも僕を正面から見た瞬間、震えて、うつむく。

「なんでも、ないです……」

こいつはオリジナルと面識があることを思い出した。

まさか、僕とオリジナルを比べてるのか?

ふざけるな!

「用もないのに、僕に話しかけないで」

できる限り冷たい声音で返してやった。

それに、あのガキが泣きそうな顔をしてたって、構うもんか。

さっさと背を向けて、再び歩き出した。


ああ、いらいらする。


食い違う旋律
(なんで、あんな子供が)