雲の上の世界


ケセドニアに残る、と言ったルミナと別れ、(情報収集をするらしい)僕はアッシュに言われた通りにバチカルに入った。

城がどこまでも高いところに見える。

公爵家はその辺りにあって、一般人では近づくことすら出来ないらしい。

当然、そこのご子息とか、婚約者の王女とか、使用人とか、会いたい人間はみんなはるか高い雲の上だ。

いろんな意味で。

とりあえず、住む場所を確保しないと。

地理さえ入っていないから、まずは書物を読めるところを探した方がいいか、と辺りを見回す。

そこで、ゴン、と頭をぶつけた。

「あ、すいません!」

「いや、こちらこそ悪かった」

相手は深くフードを被っていて、顔は分からない。

だが、なぜかどこかで聞き覚えのある声のような気がした。

誰だろう?

僕が会ったことある人間なんて、本当に僅かで……。

「ルー、どこだ?」

やや切羽詰ったような声がした。

目の前の人物が、小さく舌打ちして、こっち来い、と僕の腕を引っ張った。

流されるまま、僕はちょっと影になるところに引きずりこまれた。

「あの……」

おずおずと話しかけてみるが、その人はどうにも挙動不審で辺りを見回している。

「おい、ちょっと通りを見てくれ。金髪碧眼の爽やかそうな男はいるか?」

なんだ爽やかって、と一瞬思ったが、通りに顔を出した瞬間に理解した。

ああ、確かに爽やかそうな好青年がきょろきょろと顔を回している。

「いますよ」

「ちっしばらくここに隠れるしかないか……」

「えーと、あの、あなたは?」

巻き込まれる形になったのだ、これくらい聞くぐらいはいいだろう。

すると、その人はフードの下からじっと僕を見つめてきた。

僕が信用できるかどうか考えているのだろうか。

やがて結論を出したのか、小さな声で少し事情を説明してくれた。

「俺は実は貴族だ。お忍びで出てきたのだが、一人になろうとしたら使用人に叱られてな。反抗して飛び出してきたんだ」

じゃあ、あの爽やかそうな青年は使用人か。

いやいや、その前にお忍びとは言え貴族の子息が一人になろうとすれば叱られるのは当たり前だろう。

「あの、戻った方がいいのでは……」

「せっかく一人になったのに、そんなことできるか」

危ないでしょう、と言おうとした言葉は遮られた。

上から降ってくる何かに気づいて、その人を抱えて横に飛んだからだ。

「ちっ、外したか」

「何だ!?」

「アンタは知らなくてもいいことだよ、坊ちゃん!」

両隣の屋根の上に人影が幾つか見える。

言動からして、明らかに、彼の使用人ではないだろう。

彼は、上にも聞こえてしまうだろうくらいな、大きな舌打ちをした。

「屑が……!」

貴族のご子息、しかも多分子ども。

おそらくさして戦闘教育を受けていない。

このままでは、おそらく良くても誘拐、悪ければ殺されてしまう。

彼をかばうように立った。

「おい、お前!?」

彼も、屋根から飛び降りてきた人たちも驚いた顔をした。

「ガキ、死にたくなければそいつを渡しな」

「断ります!」

困っている人や、危ない人を見捨てるわけには行かない。

この辺りの気性は、あの人からの影響かもしれないな。

ぐっと足に力を入れて、地面を蹴った。

あの人の言葉が脳裏によみがえる。

『明らかに体格の違う奴を相手にするなら、足を狙うといい。体勢を崩せれば、隙も大きく出来るからな』

分かってる、覚えてるよ。

横の壁を蹴って、足を狙いながら横に飛ぶ。

ガン、と一人が壁に叩きつけられたのを確認して、地面に着地。

相手が戸惑っている間に、もう一人吹き飛ばした。

彼は、呆然としたまま立っている。

その横をすり抜けて、後ろから迫っていた奴に足払いをかけて、こけたところに連撃を入れた。

これで全部か?

「お前、上!」

彼が叫んで上を見上げる。

やばい、もう一人、いた。

「      !」

ザン、と鋭い音がして、頭上の影はゆっくりと倒れた。

しん、と一瞬静寂が広がる。

「大丈夫ですか、坊ちゃま!」

上から飛び降りてきたのは、金髪碧眼のあの使用人だ。

手には剣。

さっきの技は彼のようだ。

僕も、彼も、ほっとした。

「だから一人にならないようにと申しましたのに……!」

「うるさい!どこに行こうが俺の勝手だろ!」

心配している様子の使用人に、彼がそっぽを向く。

なんてことを、と思ったが、しばらくしてそれは照れ隠しなのだと気づいた。(ちょっとルミナに似ている)

やれやれ、と使用人がため息をついて、僕の方を向いた。

「主人を助けてくれてありがとう、助かったよ。礼を言わせてくれ」

「いえ、そんな!僕はただの行きがかりで……」

使用人が、彼の方に目を向けた。

「……偶然、一緒に居合わせただけだ」

隠れようとして僕の手を引っ張ったことは言わなかった。

ちら、と僕の方に目配せしたのが分かって、口裏をあわせようと頷く。

「俺はガイ。君は?」

「あ、僕は、えっと、ヴィン、です」

咄嗟に本名でなく、愛称を言った。

「ルーク様!」

そこでばらばらと、兵士達がやってきた。

彼と、ガイさんが、兵士達に大丈夫だと説明している。

どれだけの兵を撒いて来たんだ、というのと、先ほど呼ばれた名前が引っかかった。

“ルーク”……?

「ああ!!!」

思わず声を上げた僕に、全員が注目してきたのが分かる。

やばい、と思ったときには叫んでしまっていた。

「ルーク・フォン・ファブレ様!?」


あの人の、アッシュのオリジナルじゃないか!


雲の上の世界
(これって神のお導きとかってやつなの?)