うう、落ち着かない。

何で僕、こんなところにいるんだろ……。

紅茶を飲めと勧められたけど、こんな緊張してて飲めるわけないよ……。

……どうしよう。

「どうした、飲みなさい」

そんな僕の心境も知らず、公爵様は飲むように促す。

相手は王族に連なる貴族、無礼を働いたら絶対速攻で処刑だ。

うかつに喋ることすらできない。

でも無視っていうのも十分に不敬なわけで。

しばらく悩んだあと、意を決して手を伸ばすことにした。

「いただきます」

んぐ。

おいしい、おいしいんだけど。

こんな状況でなければ、もっと美味しいだろうに。

胃が痛くなってきた。

お願いだから、焦らさないで早く本題に入って欲しい。

必死な祈りが通じたのか、紅茶を一口のんだあと、おもむろに公爵様は口を開いた。

「城下で息子を助けてくれたことに改めて感謝する。何か礼がしたいのだが」

「そ、そんな、いいです!僕は本当に偶然行きがかっただけなので」

ぶんぶんと手を振る。

とりあえず、思いがけずルーク様とガイさんの様子は確認できたし、ナタリア姫は公務に出てきたときに様子を見ればいい。

これから城下で暮らすことを考えると、今はあまり目立ちたくない。

にも関わらず公爵様は相変わらずそれでも何か、と言っている。

貴族の体面とやらに関わるのだろうか。

アッシュからそんなことを学んだ気がする。

「父上、失礼してよろしいでしょうか」

コンコン、とノックの音がしてから声がした。

ルーク様の声だ。

公爵様が返事をしてからゆっくりと入ってくる。

よくよく見ると、顔の造形とかは似てるけど、雰囲気とかがアッシュとは全然違うなあ。

おっと、不躾に見たら不敬になる。

慌てて頭を下げた。

「おい、お前、ヴィンと言ったか」

「あ、はい」

何だろう。

顔を上げていいと言われて、ゆっくり顔を上げてルーク様を見た。

「バチカルに住んでいるのか」

「あ、いえ、あの、これから、です」

「これから?それはまた珍しいな」

アッシュの頼みのためにはバチカルに留まる必要がある。

だけど、住居を変える人なんてあまりいないから。

何とか、怪しまれない言い訳を考えないと。

えっと。

「あの、はい。僕……その、孤児院生まれで……何とか孤児院の経営を助けられないかと思って、働きに出てきたんです」

とっさに言ったけど、意外といい案じゃないかな、これ。

苗字がない理由にもなる。

孤児院から出たことが無かったことにすれば、(実際今まで外に出たことなかったし)土地勘とかがないのも当たり前。

いける。

うん、頑張った、僕!

孤児院生まれ、で引っかかったのか、公爵がわずかに顔を翳らせた。

だけど逆に、ルーク様は若干嬉しそうな顔をした。

「父上、頼みがあるのですが」

「何だ、言ってみろルーク」

「こいつ、俺の話し相手の使用人として屋敷において構わないでしょうか」

……え?

「話したとおり武術に優れ、気もよくつくようですし、見目も立ち振る舞いも悪くない」

今、なんて?

「ガイだけでは話し相手に不満か」

ちょっと、ちょっと待って。

「不満ではありませんが、話し相手は多いほうがいい」

僕を置いていかないで。

というかここでそう決まって命じられたら、断れるはずがない。

何ていったって王族に連なる以下略。

アッシュの頼みをやる分には都合がいいだろうけど、まさかいきなり。

それに僕が言うのもなんだけど、身元確認とかしなくていいの。

実際されたら困るんだけど、なんだかいろんな意味で不安だ。

どうかどうか。

心の中だけで祈りを捧げる。

公爵様はしばらく考え込んでいたけど、やがて頷いてしまった。

「いいだろう。ヴィン、と言ったな。今日からここで働け。役目は今言ったとおりルークの話し相手兼護衛だ。必要なことは追々家庭教師に教えさせる」

マナーとか礼儀のことかな。

じゃなくて、どうしよう、本当に命じられちゃった。

でも断るわけには以下略。

ええい、腹を括るんだ。僕!

「……分かりました、謹んでお受けします」

それに、ルーク様も一見横暴だけど、ちょっと不器用なだけみたいだったし。

何か変な仕事よりは、この方を守るほうがまだ誇りが持てる。

よし、と気合を入れて、僕は頷いた。


そして現在、ルーク様につれられて中庭。

ルーク様の護衛も兼ねてるんだから、常にそばにいてお守りしないといけないよな。

アッシュから教えられた、気配を探る力の特訓を続けて、もっと力をつけないと。

体術の練習も怠れない。

譜術は……使わない方がいいかな。

バチカルではあまりポピュラーではないだろうし。

出身とか聞かれたら、パダミヤ大陸って答えとこう。

間違ってないし。

「ガイ!」

「ルーク坊ちゃま!……と、あれ、さっきの?」

驚きの声が聞こえて、飛びかけた意識を戻す。

あ、さっきのさわやかな使用人さんだ。

ルーク様が事情を説明している。

いきなりのことだからだろうか、使用人さんも驚いている。

あたりまえか。

「あの、ヴィン、といいます。よろしくお願いします」

もう一度名乗って、深くお辞儀した。

「ああ、俺はガイだ。ガイ・セシル。ガイって呼んでくれ。よろしくな」

手を差し出したガイさんと握手する。

予想外(過ぎる)ことが結構あったけど、とりあえずの好スタートだ。

頑張ろう、と決意しなおして、固く握った手に左手を添えた。


天候は晴天、僕の初仕事は決まった。


日の下で
(何もかもが初めて。でもやらなきゃならない)