「アリエッタ、誰もいないな?」

「いないです」

「よし、行こう」

こそ、とアッシュは先頭に立って歩き出した。

アリエッタは魔物に育てられたからか五感がいいらしい。

こんなところで役立つっていうのもあれだけど。

なるべく足音を立てず、小さな声で話しながらひっそりと進む。

このどこかに、僕たちの探している対象がいるのだ。

僕の、僕たちの、もう一人の兄弟。

僕たち以外は全員火口に捨てられたはずなのだけれど、アッシュ曰く、運よく助かっている奴がいたかもしれないという。

そして、いるならモースのところだと。

何でそんなことが分かるのかは教えてくれなかったけど、とにかくアッシュの言うことに従って、教会の最奥部に忍び込んでいた。

誰かに見つかったら捕まるのは間違いない。

僕とアリエッタはともかく、アッシュはただじゃすまないかもしれない。

失敗は許されないのだ。

「なかなか見つからないな……どこにいるんだろう?」

「声は、しないです。その子の声、イオン様とシンクと同じ声、ですよね?」

「うん、多少声色は違うだろうけど」

まるで知っているかのような物言いだ。

でも、アッシュは会ったことはないはずなんだけど。

先に進むアッシュたちを追いかけようとして、足を止めた。

『…み……』

何だこれ。

何か、聞こえる。

確認のため、あたりを見回した。

でも、周りにはアッシュたち以外、誰もいない。

『……い』

すごい遠くて、途切れ途切れだ。

何て言ってるんだろう?

『さ…し……』

よく聞こえない。

何か言いたいならもっと大きな声で言ってよ。

いら、と心の中でごちると、それが通じたのか今までで一番大きな声が聞こえた。

『さみしい……』

反射的に、走り出した。

呼んでる気がする。

行ける気がする。

自分と同じ存在を感じる。

この感覚を何と言うのか、知らないけれど。

それでも走る。

何分か走った後、一つの扉の前についた。

鉄製の扉が、硬く閉ざされている。

開けようとしてみると、当然、鍵がかかっていた。

「壊すか」

構えて、その手がつかまれた。

「どうした、セプ」

アッシュだった。

小さく息を切らしている。

僕を追って走ってきたらしい。

隣には、息を整えているアリエッタだ。

「ここから声がした」

「声?」

「僕を呼んでる、気がしたんだ」

中で誰かが呼んでいる、行かなければならない、鍵がかかっている、ならば鍵を壊すまで。

単純かもしれないけど、確実だ。

もう一度構えようとすると、少し考えていたアッシュがもう一度僕の手を掴んだ。

「アッシュ」

「セプが壊すと音がする。俺が壊すよ」

アッシュが手をかざすと、アッシュの手が光った後、ジュッと小さく音がした。

「……今ので、壊れたですか?」

「ああ。セプ、開けてみろ」

頷いて、扉を押す。

そこは真っ暗な部屋だった。

扉から多少の光が入っていても全然見えない。

不意に、暗闇から声がした。

「だ、れ?」

間違いない。

“あいつ”の声だ。

隣でぼっと音がする。

アッシュの手の上に光の玉があった。

「入るぞ」

アッシュに続いて中に入る。

声がした方に歩いていくと、光に誰かが照らされた。

「まぶしい……」

「あ、悪い……どこか痛いところとかはあるか?」

アッシュが少し光を抑える。

それからすばやく“こいつ”を見回して、尋ねた。

首を振った“こいつ”を見て、アッシュが小さく息を漏らしたのが聞こえる。

「……きみ、ぼくと、おなじ?」

“そいつ”が顔を上げて僕を見る。

僕と全く同じ顔。

でも違う。

当然だ、僕と“こいつ”は違う。

でも、兄弟だ。

ヴィンとルミナと同じく、同じように生まれた兄弟。

なんと表現すればいいかは分からない。

アッシュとはまた違う、特別な存在だ。

「そうだよ。僕はサスセプト。アンタは?」

「なまえ、ない。でも、よびっていわれてた」

よび、予備。

七番目の予備ということか?

成功作に何かあったときのための?

ぎり、と手を握り締める。

「お前の名前はこれからつけてやるよ。ここから出たくないか?出たいのなら、俺たちと一緒に来てくれ」

アッシュが光の玉が浮いてないほうの手を伸ばす。

“そいつ”は、恐る恐るその手を取った。

「でたい」

「よしっ」

アッシュは“そいつ”の手をしっかりと握って立ち上がらせた。

よろめくところから見ると、あまり歩く練習はしてないらしい。

「こっちに来てくれ。俺が背負うから」

“そいつ”は言われるままにアッシュの上に背負われる。

アリエッタが事前に準備しておいた布を頭にかぶせた。

「ちょっと、我慢してね」

「うん」

“そいつ”はアッシュに背負われたまま、僕に手を伸ばした。

ちょっと躊躇ったあと、その手を握り返す。

「いっしょ」

布の下で、“そいつ”が笑った気がした。


そして、僕らは脱出するべく走り出した。



墜落を引き止める
(あかい場所で落ちてしまった手を、今度こそは)