「じゃあ、フローリアンを頼むよ、ルミナ」 「おう」 「とにかく日常生活における知識を優先的に教えてやってくれ。それから出来る範囲で、常識とかいろいろもろもろ」 「ああ」 夜のダアト港で、迎えにきたルミナにフローリアンを託す。 ダアトにいるのは危ないし、かといって全くの他人に預けるのも同じくらい危ない。 暗色の夢、もとい漆黒の翼に預けることにしたのだ。 彼らのことはよく知っているし、レプリカに対してもさして偏見はしないだろう。 一人の人間として接してくれるはずだ。 「アッシュ、セプ、またあおうね?」 フローリアンが俺とセプの手を握る。 少しだけ屈んで、覗き込むように微笑んだ。 「ああ、またな」 「そのうち会えるよ。それまでルミナのところでしっかり勉強しなよ……ルミナ、ちゃんと教えてやってよね」 「分かってるっつの」 ルミナが胸を張る。 俺は苦笑しながら体を起こした。 「俺たち、というより俺はそろそろ戻らないと。じゃ、またな」 ルミナとフローリアンが、漆黒の翼の船に乗る。 そして、船は出港した。 「またぜったい、あおうね!」 「セプ、アッシュに無理させんなよ!」 ぶんぶんと甲板で手を振っている。 俺は小さく手を振りながら、セプは腰に手を当てて。 「元気でな、フローリアン」 「当たり前」 水平線に船が消えるまで、見送っていた。 「おかえり、です」 アリエッタには留守番を頼んでいた。 少々不満そうだったが、スムーズに教会を脱出するためにはこれが一番だったのだ。 アリエッタの魔物に隠れて、アリエッタの部屋に入る。 「フローリアン、行ったですか」 「ああ。うまく逃がせた。留守番しててくれてありがとうな、アリエッタ」 ほっとした顔をするアリエッタの頭を撫でる。 外の確認をしていたセプが手招きした。 「オッケー、誰もいない。今の内に部屋に戻ろう、アッシュ」 「ああ。アリエッタ、お休み。また明日な」 「お休みです、アッシュ」 挨拶代わりに一度ぎゅ、と抱きしめてから、部屋を出た。 大分夜の更けた時間帯で、教会はとても静かだ。 時折見かける見張りの兵士以外、誰もいない。 不自由な立場の俺の代わりに、セプが先頭を進んでくれている。 なるべく音も立てずに、走った。 数分走ったころ、ようやく俺の部屋につく。 「ありがとう」 「これくらい何でもないよ。じゃあ、僕も戻るよ。また明日ね」 「明日な」 小声で話して、部屋に入った。 一応、一通りの確認をする。 誰かが部屋に入った形跡は無い。 そこでようやく俺は安心して、ベッドに身を預けた。 これで一段落だ。 あとは、なるべくヴァン師匠の信用を得るべく、忠実に働きながら、影で色々と根回しをすればいい。 ゴン、と頭を壁に預ける。 「ヴァン師匠、か……」 もうその名で呼ぶことは無いだろう。 俺は六神将で、もうバチカルにはいなくて、師匠に教えを請うこともない。 少しだけ、悲しかった。 ぶんぶんと頭を振る。 そんなことを考えている余裕は無い。 きっと最後には、やはりあの人と戦うことになるだろう。 師匠は、正直今でも尊敬している。 けれど、その背についていくことはできない。 六神将になってからもかけている、目の色隠しのゴーグルを外す。 譜術で髪の色を茶に変えてしまった今、この色が唯一残された色彩だ。 唯一と言っていいほど、変わらない唯一のものだ。 忘れてはいけない。 あの旅で知ったこと、学んだこと。 あの時と同じこと、違うこと、今に生かせること。 あのとき救えなかった命のためにも、今、救えなかった命のためにも。 「やらなくちゃ」 最後に待っている、あの人との戦いを。 避けることは、できない。 「俺にしか、出来ないんだから」 俺しか知らないことがある。 俺しかわからないことがある。 これは、俺がすべきことだ。 今までになされた契約、約束、俺を縛るもの。 俺自身の意思、大切な人たち、俺の戦う理由。 それらを守りながら、俺が成し遂げなきゃいけないことだ。 「ガイ、ナタリア、ジェイド、アニス、アッシュ、ミュウ……ティア」 お前らは俺のこと、知らないだろうけど。 約束なんて、もうとっくに意味がなくなっているけれど。 「また、会おうな」 会いに、行くから。 未来の終わりと過去の始まり (必ず戻るという約束、果たす意味があるかどうかは、俺は)