痛いくらいの勢いでチーグルの森まで飛んだ。

森のほかの魔物たちを刺激しないよう、森の外で着地して貰う。

きょろ、と辺りを見回した。

大丈夫だ。

この場所からなら、ライガクイーンたちがいる場所が分かる。

「行くぞ、アリエッタ!」

「はい!」

フォンに方角の指示を出して、背に乗せて貰って走り出した。


大分近づく。

胸騒ぎがする。

声が、する。

傷ついたライガクイーンと、反対側に何人かの人。

きっと彼らだと見当は付いている。

ぞっ、と殺気を感じる。

その瞬間、開けた場所へ飛び出した。

「止めろ!」

ライガクイーンに止めを刺そうとしていた譜術を、既に詠唱を終えていた譜術で打ち消す。

譜術は相殺し合って、何も攻撃することなく消えた。

「ママ!」

アリエッタが駆け寄る。

それを視界の端で見ながら、俺は正面を向いた。

相変わらず眉間の皺が深いアッシュ、いや、ルーク。

こちらも相変わらず、何を考えているのか分からない笑顔のジェイド。

驚いた顔のイオン。

その足元にはミュウ。

それから、怪訝な顔をしているティア。

やっぱり、思ったとおりの面子だ。

「ライガクイーンを殺さないでくれ!」

ライガクイーンたちをかばうように立って、そう叫ぶ。

最初に反応を返してきたのは、イオンだった。

「アッシュ!あなたは、過労で倒れていたはずでは……!?」

「……少々お久しぶりです、導師イオン。このような形で御前を失礼したこと、どうかお許し下さい」

「ふむ、あなたが神託の盾騎士団六神将、朱影のアッシュですね」

やはりジェイドは聞いたことがあるらしい。

イオンは元よりだ。

俺が過労で倒れていたことまで知っていたのは、ちょっと意外だったが。

「アッシュ、アッシュ!ママの血が止まらないよぅ!」

対峙していると、アリエッタが駆け寄ってきた。

その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

「アリエッタ、とにかく止血してくれ。やり方は前に教えただろ?

説得が終わったら、すぐに俺も加わるから」

諭すように言って、アリエッタはなきながら頷いた。

俺が渡した包帯で、止血にかかる。

「あなた、ライガクイーンを助ける気?

このままだと、チーグルは滅ぼされてしまうのかもしれないのよ!?」

「分かってる。俺が、俺たちがライガクイーンを説得するから、頼むからこの場は退いてくれ。

絶対に、チーグルたちに悪いようにはしない」

ライガクイーンは、アリエッタの母親。

チーグルは、ミュウの仲間達。

どちらも死なせたくないし、悲しませたくない。

何が何でも、ここは譲るわけにはいかない。

「……皆さん、僕からもお願いします。アッシュならきっと何とかしてくれます。ここは退きましょう」

助け舟を出したのは、イオンだった。

「イオン様、よろしいのですか!?」

「ええ。僕が保証します」

イオンがきっぱりと頷く。

これには俺も驚いて、開いた口がふさがらなかった。

イオンとは二、三回、教会で話しただけなんだけど……いつの間にそんなに信用されていたんだろう?

一行がしぶしぶ引き下がろうと言う時に、ミュウが飛び込んできた。

その第一声は。

「やっぱりご主人様ですの!前とは違うけど、ご主人様ですの!」

「へ、え!?」

「ミュウ、どういうこと?」

「ご主人様、ですか?」

驚いたのは俺だけじゃなく、彼らもだ。

ミュウはすりすりと、頭を俺の足に擦り付けている。

「帰ってきてくれて嬉しいですの、ご主人様〜っ!!」

その仕草は、全く変わっていない。

あの時のままだ。

いや、それより、まさか……。

後ろからライガクイーンの唸り声がする。

気になるが、今はそれどころじゃない。

大本の原因であるミュウをここに置いておくわけにも行かない。

「……ミュウ、お前はチーグルの元に戻れ。決して何も喋るな。

後でライガクイーンの報告も兼ねて、こちらから出向く」

「でも、でも!ボクはもうご主人様から離れたくないですの!もう待つのは嫌ですの!」

予感がひしひしとする。

いや、多分これはもう予感ではなく、確信だ。

「後で必ず行く!いいから、今は行け、ミュウ!」

強い口調で言い聞かせる。

ミュウがびくりと怯んだのを見て、掴んでティアに投げた。

ミュウはティアの腕にすっぽりと収まる。

「ちょっとあなた!」

「早く行け!お前たちがいたら治療が出来ない」

「行きましょう、ティア」

イオンが一行を促す。

ティアは抜け出そうとするミュウを抑えて、何か言いたげに立ち去っていく。

それを見えなくなるまで見送った後、俺は慌ててライガクイーンに駆け寄る。

「ライガクイーン、大丈夫か」

「アッシュ、アッシュ、アッシュ……!」

アリエッタはもう息も絶え絶えなようだ。

手早くライガクイーンの怪我を見る。

……よし、致命傷はない。

これなら、治る。

「アリエッタ、ライガクイーンの肩を抑えていてくれ」

こくんと頷いて、アリエッタはライガクイーンの後ろに回る。

フォンと共に、その肩を抑えていた。

ライガクイーンは大人しくしている。

アリエッタが既に説得してくれたのかもしれない。

ぐ、と手に力を込める。

「命を育む女神の抱擁……キュア」

第七音素がライガクイーンの傷を癒していく。

徐々に良くなる怪我に、アリエッタが顔をほころばせた。

譜術を使ったまま、先ほどの声を思い出す。

確かにミュウはこう言ったのだ。


“帰ってきてくれて嬉しい”、と。


時の放浪者
(“俺”が帰って来なかった“時”は、たった一つだ)