粗方の治療を終え、何とか持ち直したライガクイーンは、べろりと俺の顔を一舐めした。 アリエッタ曰く、それはお礼の証らしい。 一通りそのお礼を受け取った後、ライガクイーンに北へ移るように頼み込んだ。 北には、以前母上のために紅オオテングダケを採りに行った森がある。 あの辺りなら人は来ないし、食糧も十分あるだろう。 人と争いになっては討伐されてしまうかもしれないと、何度も頭を下げる。 アリエッタも一緒に頼み込んでくれたおかげか、何とか納得してくれた。 話が落ち着いたところで、フラーメに手紙を託してダアトに飛ばす。 何も言わずに出てきたから、絶対にセプが戸惑って……いや、怒ってるかも。 後で合流したときに散々文句を言われるのは覚悟しておこう。 ライガクイーンにもう一度お礼を言って、立ち上がる。 「アッシュ?」 「あいつらのところへ行って来る。結果を報告すると言ったしな」 「なら、アリエッタも」 アリエッタが名乗り出て、立ち上がったが、それを手で制す。 「アリエッタはここにいてくれ。……あまり、顔を合わせたくないだろう?」 しゅん、とアリエッタは落ち込んだ。 今のイオンはオリジナルイオンとは違う。 それが分かっていても、イオンと顔を合わせるのは気まずいらしい。 今はいないけれど、普段はそばにアニスがいるから、なおさら。 「すぐに戻って来るから。な?」 「……はい。早く戻って来て欲しい、です」 アリエッタの頭を撫でてやってから、ライガクイーンに一礼し、そこを離れた。 「さて、行くか」 記憶にあるままの、チーグルの住む大樹。 そこに入った瞬間、足に何か衝撃を感じた。 見下ろしてみれば、そこには青の毛玉。 「ミュウ?」 声を降らせると、びゅん、と飛び上がってきた。 ……あれ? とりあえず疑問は置いておいて、ミュウが顔に激突しないように手で掴む。 「ご主人様、ご主人様、ご主人様……っ!」 掴まれたまま、ミュウはぼろぼろと泣いている。 それをふき取りながら、顔を上げる。 若干警戒心をあらわにしているアッシュとティア、 少し嬉しそうなイオン、やはり考えの読めないジェイド、戸惑っているチーグルたちがいる。 「ちょっと、こいつ借りていく。すぐ戻る」 踵を返して、ミュウを連れたまま、大樹を出た。 大樹から少し離れたところで、誰もいないのを確認して改めてミュウに話しかけた。 「ミュウ……お前は、“覚えて”いるのか?」 「ご主人様のことを忘れたことはないですの!ボクはずっとずっと待ってたですの!」 含みを込めて尋ねてみたのだが、ミュウはいまいち意図を理解していないらしい。 だが、言っていることから、やっぱり間違いないと思う。 一応、確認しておこう。 「ミュウ、俺の質問に答えてくれ」 「はいですの!」 ミュウは嬉しそうに、勢いよく返事をする。 「一、俺の名前は?」 「ルーク・フォン・ファブレですの!でも、アッシュさんもルークって名前だった……ですの?」 即答した後、最後は疑問になった。 まあ、確かに今はあいつが“ルーク”だもんな。 「二、ワイヨン鏡窟にいたチーグルの名前は?」 「スターですの!」 「……三、お前が、最後に俺に会ったのはいつだ?」 「……エルドラントですの……ご主人様は帰って来なかったですの……」 ミュウがしょぼんとうなだれる。 間違いない。 こいつは、前回、俺が一緒に旅をした“ミュウ”だ。 出会ってから最後まで、一度も俺の傍を離れることなく一緒にいてくれた、ミュウだ。 どうして、どうして。 お前まで一緒に戻って来てしまったのか。 もっと詳しく話を聞いてみれば、帰ってきたのは俺の記憶を持った“あいつ”で、 それにショックを感じたと思えば、この“過去”に戻って来ていたらしい。 その記憶云々は、確か大爆発とコンタミネーション現象だ。 イオンの元についている時に呼んだ、ジェイドの本に書いてあった。 それはいい。 既に消えてしまった世界、なのだし。 問題は、こいつをどうするべきか、だ。 「ミュウ。ここは過去だ。俺の今の名前は、アッシュ。 前にアッシュだった奴が、今はルーク・フォン・ファブレだ。ここまでは分かるか?」 「みゅうぅぅ。何となく、ですの」 本来なら受け入れられないような、ややこしい事態だ。 感覚ででも掴んでいれば、よしとするか。 「まあいいや。それで、俺は今、総長……ヴァン師匠の下で、師匠の計画を覆すための案を練っている」 「ヴァンさんのところ……アリエッタさんやラルゴさんがいるところですの?」 「そうだ。前、アッシュが、今のルークがいたポジションだよ」 特務師団長というところも変わっていない。 ミュウはうんうん唸っている。 理解をしようとしているのだろうか。 「……そこまで悩まなくてもいい。外に出るか出ないかは、お前次第だしな」 見かねて声をかけると、ミュウが不思議そうに顔を上げた。 「みゅ?」 「お前には、チーグルの森を出ないという選択肢もある。俺が長老に言えば、多分聞いてくれ……」 最後まで言わせてもらえなかった。 ミュウが俺の腹に突撃しようとしたからだ。 それを受け止めて、掴んで地面に下ろす。 さっきの予測が当たっている気がするが、それはまず後にするとして。 「おい!?」 「嫌ですの!ボクはもうご主人様から離れたくないですの! もう、もう……ご主人様が死にに行くのを見てるだけなんて、嫌ですの!」 わんわんと泣きながら、また俺の足にしがみついてきた。 大切な人が帰って来ない恐怖。 待ち続ける怖さ。 想像してみる。 でも、俺はいつも行く方の立場だったから、それはよくわからない。 こいつは……ミュウは、この世界で目覚めた時に、何を思ったんだろう。 「ずっと一緒ですの!もう離さないですの!ボクはご主人様と行くですの!」 わしゃわしゃと頭を撫でてやる。 誰よりも一緒にいてくれて、優しくて、甘くて、実はちょっと頑固者。 きっと、俺の説得なんて、聞いちゃくれないんだろうな。 はあ、とため息をついて腹を括る。 「わーったよ。お前も一緒に連れて行ってやるから、もう泣くな」 言ってやれば、ミュウは途端に笑顔になって、飛び上がった。 ったく、しょうがないな。 「行くぞ、ミュウ」 共に時を刻む (あの時と同じように、一緒に)