まるで籠の中の鳥のような


静かで、どこまでも無機質な廊下に、響く音がある。

床を蹴る音に、若干の息を切らした音が混じっている。

シンクは、ダアトの神託の盾本部で走っていた。

「参謀、どうしました?」

急いた様子の彼を見て、部下の兵士が尋ねてくる。

その声にシンクは一度立ち止まり、少しの間考えてから、尋ね返した。

「アッシュを見なかった?」

「特務師団長ですか?見ていませんが…」

「じゃあいい。仕事に戻りな」

「え、何のご用で…?」


困惑した兵士をよそに、シンクは再び走りだした。

あちこちで話しかけてくる兵士がいるが、どうせ知らないだろうと無視して、走り続ける。

当てもなく走っていたが、右側遠くにライガの姿を見つけ、方向転換してそちらへ走った。

「アリエッタ!」

名を呼ばれた、ライガと共に居た少女は、振り返った。

「シンク、ですか。どうしたですか?」

「あー、疲れた」

シンクはそれには答えず、一度大きくため息をついた。そして改めて尋ねる。

「アリエッタ、アッシュを知らない?」

「アリエッタも、アッシュを探してたとこです。全然見つからないです」

「アリエッタも見てないってことは、本部の中にはいないのか…?」

シンクは舌打ちして、不思議そうにこちらを見上げているアリエッタを見下ろした。

「アリエッタは、何でアッシュ探してんの」

「リグレットに、頼まれたです…

アッシュを探して、総長のところに来るように伝えてって…シンクは?」

「そっちは任務か。こっちは私用だよ。ほら、これ」

シンクが、今まで持っていたものをアリエッタに見せる。アリエッタは背伸びしてそれを覗き込んだ。

「手紙…ですか。差出人は…ルミナですね」

「そ。アッシュ、いつもルミナから手紙が来たときはすぐに持ってくるよう言ってただろ?

だから探してんだけど…ちっとも見つからない」

「どこいるんだろ、アッシュ…」

アリエッタは抱えていたぬいぐるみを抱きなおした。

「さてね、もう本部の中はあらかた探したんだよ。これでいないなら…」

シンクが考えようと顔を上げたとき、その先にラルゴがいるのを見つけた。

先に二人を視界に入れていたのだろう。

先にラルゴが話かけてきた。

「二人とも、ここにいたのか」

「ラルゴか。何か用?」

「六神将が二人そろって同じ人間を探していれば、嫌でも広がる。

何故、二人してアッシュを探している?」

シンクとアリエッタがアッシュを探しているのを聞いたのだろう。

「僕はちょっと個人的に用がね。アリエッタはリグレットに頼まれたんだってさ」

シンクが代理で説明すると、ラルゴはやや首を傾げたように返した。

「アッシュなら、屋上にいたぞ。先ほど窓から見えた」

ラルゴのその言葉に、シンクたちは目に見えて反応を見せた。

「本当ですか!」

「嘘をついてどうする。リグレットの用が任務なら、なおさらな」

「一応、礼は言っておくよ」

「ありがとうです、ラルゴ」

二人はラルゴに軽く礼をすると、そのまま屋上に向かって走り去っていった。

その二人を見届けた後、ラルゴは鍛錬場に向かって歩き出した。

「任務が近いからな…俺も鍛え直しておかねば」


青い空と緑の大地。

そこに、アッシュはいた。

アッシュを見つけたシンクたちは、すぐさま声をかける。

「アッシュ!」

来たことが分かっていたのか、アッシュはゆっくり振り向いた。

「なんだ、シンク、アリエッタ。そんなに息を切らして」

「アンタがこんなところにいるから、こっちは探す羽目になったんだよ!」

そうか、とアッシュは返事をしてこちらへ向かってきた。

そこでふと、疑問に思ったアリエッタは尋ねた。

「そういえばアッシュ、どうして屋上にいたですか?」

「空を、見ていた」

「空ぁ?そんなもの見て、何が楽しいのさ」

空を指さしたアッシュにつられて、シンクとアリエッタも空を見上げる。

「で、空が、何?」

何も無いじゃないか、とばかりにシンクが問うと、アッシュは笑顔で言った。

「青いだろ?」

「空はいつも青いだろ」

そうシンクがそっけなく返すと、アッシュは、少しだけ翳った顔で答えた。

「心の持ちようだ。青いと思えば青いし、青くないと思えば青く見えない」

「何それ、空が青く見えないなんて時、あるの?」

そこでシンクはもう一度空を見上げたが、やはりその色は青のままだ。

分からないとばかりにアッシュに顔を戻すと、アッシュも再び空を見上げていた。

「まだ、空が青いと思えて、良かった」

そういって、もう一度笑ったアッシュが、シンクは何故か酷く頼りなく感じた。

それは前々から、理由も分からず思うことで。

「ねえ、もうちょっと分かりやすく言ってくれない?

いつだってアンタはそうやってはぐらかすじゃない」

どうして、そんな顔をするのか、と言外に告げた。

それに対するアッシュの返事は、苦笑一つ。

ちゃんと答えてよ、とシンクが声を出しかけたのを、

さっきからずっと空を見上げたままだったアリエッタがさえぎった。

「アリエッタ、よく分からないです」

「分からなくていいんだよ、シンク、アリエッタ。」

そう返すアッシュの顔は、ただただ優しい。

だからこそ、分かりたいのに、という言葉は飲み込んだ。

たぶん、優しさで言わないことは分かっている。

ただ、そんな顔を見てはこれ以上問い詰めることは出来なかった。

そのシンクの様子を見て、ただ一言、アッシュはごめんと告げる。

そして、首をかしげているアリエッタに、問いかけた。

「それで、何で俺を探してたんだ?」

その言葉にようやく本来の目的を思い出して、アリエッタは用件を伝えた。

シンクは黙って手紙をアッシュに突き出す。

「ルミナから、か…。ありがとう、シンク。

リグレットのところにもすぐ行くよ。ありがとう、アリエッタ」

頭をなでられたアリエッタは、滅多に見せることの無い笑顔をアッシュに向けて、嬉しそうに笑った。

それを見届けた後、シンクはもう一度空を見上げた。


空は、やっぱり青いままだった。


まるで籠の中の鳥のような
(だってアンタは、いつだって一番大事なことは教えてくれない)