たったひとつの拠り所


太陽が暖かい。

そんなことを思えるようになった。

さっきまであの人がなでてくれていた頭が温かい。

そんなことを思えるようになった。


「じゃあ、俺はリグレットのところに行くから。またな」

そういってあの人は中に戻っていった。

リグレットが呼んでいることを伝えたのは自分だけれど、ちょっと悲しくなった。

「何突っ立ってんの、アリエッタ。戻らないの?」

隣に立っていたシンクは、いつの間にか入り口の近くに立っていて。

いつの間に、とは言わず、代わりに返事をした。

「今、行くです」


「シンクはこれからどうするですか」

そう問いかければ、シンクはちょっと嫌そうに答えてくれた。

「そろそろ休憩時間も終わるから、仕事に戻るよ。参謀ってのは書類仕事が多くてね」

ならば彼は、少ない休憩時間の中、アッシュに手紙を届けに来たのか。

それを彼は当たり前のように思っているが、普通に考えればすごいことだろう。

自分を幼いという彼だって、確かまだ生まれて2年だ。

それなのに、こうしてちゃんと彼の役に立っている。

ちょっとだけ、いいな、と思った。

自分は…アッシュの役に立てているだろうか。

「どうしたのさ、アリエッタ」

考えていて、シンクに返事をするのを忘れていた。

「何でも…ないです。アリエッタは友達たちのお世話に行ってくるです」

あっそ、と表面上はそっけなく言うシンクと別れて、宣言どおり友達たちの世話に行った。


近々大きな任務があるから、世話を怠らないように、と総長に言われていた。

もしかしたらリグレットがアッシュを呼んだのも、その任務のことかもしれない。

そんなことを思いながら、友達とご飯を摂っている。

以前はその辺りにいる魔物を狩って食べさせていたのだが、今は違う。

それじゃあ栄養のバランスが悪いと、アッシュが作ってくれたご飯だ。

それはとても美味しい。友達たちも何も言わずに食べる。むしろ嬉しそうだ。

そういえば、アッシュのご飯はイオン様が…まだ生きていた頃から食べている。

イオン様も美味しいと笑いながら褒めていた。

その笑い顔を見ながら食べるのも、好きだった。


大好きな、イオン様の笑顔。


思い出して、ちょっと悲しくなった。

「どうした、アリエッタ」

不意に後ろから優しい声がした。

それは、大好きな声だから、笑顔で振り向いた。

「アッシュ!」

そこにはやっぱり、笑顔で、大好きな、優しい彼がいた。

「みんなにご飯をあげてたんだな。どうだ?俺の作ったご飯」

「みんな嬉しそうです…さすが、アッシュです」

「そうか」

そういうと、アッシュはまた自分の頭をなでてくれた。

温かくて、嬉しくて、また笑った。

さっき思った悲しい思いは、いつの間にかどこかへ行っていた。

大好きなイオン様を忘れることはできない。

でも、大好きなアッシュといると、とても嬉しい。

そんな自分を、イオン様は怒るだろうか。

アッシュは、しばらく自分をなでていたかと思うと、急に自分を抱き上げた。

「大丈夫だよ、アリエッタ」

何が大丈夫なのだろう。

首をかしげていると、アッシュは笑っていった。

「イオンは全部分かってる。イオンはずっとアリエッタのことが好きだよ。

絶対に、アリエッタを嫌いになったりしない」

どうして自分の考えていることが分かったのだろうか。

「アリエッタのことなら分かるよ」

また当てられた。もしかしたらアッシュはすごい力を持っているのかもしれない。

「そんなことはないよ。ただ、俺もアリエッタのことが好きなだけだから」

いや、絶対にそうだ。

どうしてこうことごとく自分の考えていることを当てるのか。

というか、これではまるで自分が言葉を口に出す意味が無い。

「そういうなよ。俺は、アリエッタの声も好きだからな。それと、アリエッタの笑顔も好きだ。

だから、アリエッタが笑っていてくれるなら、俺はそれだけで嬉しいよ」

「…アッシュ、ずるいです…」

「は?」

なんだか意味が無い気もしたが、彼が好きだというから声を出した。

ついでにそのまま彼の胸に顔を埋めた。

どうして彼はこう、いつも自分が望んでいる答えをくれるのだろう。

優しくて、優しくて、あったかい人。

アッシュが抱え上げてくれたおかげで、今、自分には陽が当たっている。

暖かい。

温かい。

あたたか過ぎて、このまま眠ってしまいそうだけれど、何とか堪えた。

代わりに、もう一度声を出す。

「アッシュ、大好きです」

俺もだよ、とアッシュが抱え上げたまま、なでてくれた。

うん、この人さえいれば、自分は寂しくない。

どんなに辛い時だって、このあたたかさが癒してくれる。

一つの陽だまりに、二人でいながら、そう、思った。


たったひとつの拠り所
(イオン様、聞こえますか?今、私は幸せです)