それは一瞬


ND2018年・レムガーデン・レム・23の日。

キムラスカ・ランバルディア王国の首都、バチカル。

その、公爵家の庭で、擬似超振動が発生した。

公爵家に忍び込んできた、ローレライ教団所属の女性ティア・グランツと、

公爵家子息ルーク・フォン・ファブレの間で。

擬似超振動が終わった時、二人はもうそこにはいなかった。

発生した爆発的なエネルギーにより、遥か遠くへと飛ばされたのだ。

「くそ、飛ばされてしまったか……! しかし、一体どこへ……」

衝撃が消えたのを確認し、ヴァン・グランツは起き上がる。

「一体何が起こったんだ!?」

譜歌により眠らされていた兵達も、続々と起き始めた。

「我々は一体……」

「ルーク様、ルーク様がおられません!」

「急いで公爵様に通達を!」

「ルーク……? おい、ルークどこだ!?」

兵達がルークがいないことに気づき、騒ぎ始める。

ガイ・セシルも慌てて起き上がった。

その少し離れたところで、一人の少年が、その光景を見て呆然とたたずんでいる。

「ルーク様……!」

口の中だけで、アッシュと呟いた。

手には、今しがた届いたばかりの手紙が握られている。


マルクト軍籍の軍艦が、第七音素の異常を感知した。

その第七音素が、ある地点に収束していく。

「収束地点を調べなさい。何かあったのかもしれません」

指揮官であるジェイド・カーティスはそう命令を出した。

第七音素はまだ未知の領域も多い分野。

それが自国で収束したとなれば、放っておくわけにもいかない。

「すみません、導師。少しばかり寄り道をします」

現在賓客として迎えている、導師イオンに報告をした。

「構いませんよ。いろんな場所に行けて、その方が僕も嬉しいですし」

「どこに行くんですか、大佐〜?」

導師イオンと、その守護役であるアニス・タトリンが返事をした。

「エンゲーブの方ですね」

軍艦タルタロスは、エンゲーブの方角へ進路変更をした。


「閣下から、そろそろ鳩が届くはずなのだが……何かあったのだろうか」

ダアトで空を見上げていたリグレットは、心配は不要とは思いつつも危機感を募らせる。

しかし、任務を怠るわけにもいかない。

「シンク、ディストを呼んで来い。この後の任務は、お前達に先立って旅立って貰わなくてはならない」

「分かったよ」

リグレットの命のため、ディストの研究室へ向かう。

その間、少年が考えていることは一つだった。

(アッシュ、大丈夫かな)

アリエッタに看病を任せてきたが、任せたのが彼女だけに心配だ。

任務内容を聞いたら、出る前にもう一度様子を見に行こう、と少年は心に決める。


エンゲーブより少し北にある森。

そこで、聖獣チーグルの仔が炎を吐く練習をしていた。

大人なら自由に吐ける炎。

言い換えれば、それは炎を吐ければ大人の証。

大人として認めてもらうべく、チーグルは懸命に炎を吐こうとし続ける。

次に出そうとした瞬間。

頭上のずっと高いところを、何かが通り過ぎた。

チーグルがそれを何か認識する暇もないほどの速さで。

そして、急に口に炎がたまり、口にためていた炎を吐き出した。

それは、大人ほどの、いや、大人を超える炎の大きさだった。

その火は近くの木に燃え移り、徐々に広がっていく。

森は大火事になった。

チーグルは、ただその光景を呆然と眺めていた。

その腹には、三つの譜が刻まれたリングがついていた。


ケセドニアで義賊と話していた少年が、何かを感じて空を見上げた。

「どうしたんだい?」

「空に何かあるでゲスか?」

義賊たちは急に上を見上げた少年を訝しんで、同じく空を見上げる。

もう、そこには何もない。

「?」

少年の隣に立つ者は、同じく空を見上げながらしきりに首をかしげている。

それは、何も感じなかったがゆえの動作ではない。

感じたがゆえに、その者は首をかしげたのだ。

そして少年も、確かに空を何かが通り過ぎるのを感じた。

とても、体に馴染むような、何かを。

「まさか……」

前々から、何回も聞いていたこと。

青年と、女性による擬似超振動での瞬間移動。

そして、二人が飛ばされた先。

これをきっかけにして起こる、様々な戦い。

あの人の願いを叶えるために、自分がすべきこと。

「これから、忙しくなるな……みんな、協力してくれ!」

少年はわずかに口角を上げ、辺りにいた一人と三人によびかけた。

それはとても長く、つらい戦いだ。

けれど、あの人はこの日を待ち望んでいたから。

未来の鍵を握る、全てが始まった瞬間。


“来るべき日”がついにやってきた。


それは一瞬
(全ての始まり)