船の上にて


「やっとバチカルに帰れるぜ」

「良かったな、ルーク」

一行は、ようやくバチカルに行けるとのことで、少し沸き立っていた。

ルーク様は家に帰れるし、ガイさんは役目を果たせる。

ティアさんもルーク様を送り届けられる。

イオン様とジェイドさんは和平交渉の仕事があるから、これからが正念場だ。

けど、一区切りついたのは確かだ。

だからちょっとルーク様がいつもより機嫌がよくて、ちょっと雰囲気が楽しげなのも分かる。

分かる、けど。

僕はそう喜ぶことはできなかった。

「どうした、ヴィン。浮かない顔して。最近多いぞ」

「ガイさん」

甲板の端でため息をついていると、ガイさんがやってきた。

「ようやくルークを連れて帰れるってのに」

僕とガイさんが与えられた役目は、ルーク様を屋敷に連れ帰ることだ。

今、それが成されようとしているのだが。

……当然、ガイさんに言うわけにもいかない。

「なんでもないです。ただ、ちょっと色々あって疲れたなあって」

「ま、結構強行軍だったからな。アクシデントも色々あったし。

お疲れさん。屋敷に戻ったらゆっくり休もうぜ」

「はい、ありがとうございます」

笑顔を向けると、ガイさんはジェイドさんに話しかけに離れていった。

果たして屋敷に帰ったところで、のんびりできるのだろうか。

僕の悩みの原因は、ケセドニアでこっそり会ったセプの言葉だ。

というより、アッシュの伝言らしいから、アッシュの言葉と言った方が正しいかもしれない。


「セプ、久しぶり!」

バチカルに行ってからは、セプと再会するのは初めてだった。

本当に、本当に久しぶりで。

懐かしいけれど、何も変わっていない兄弟に、自然と笑みが浮かぶ。

「今はシンクだよ。いや、やっぱりサスセプトでもあるのかな」

シンクを名乗ってはいるけど、今はセプとして接するということだろうな。

あんまり時間もないからか、セプはさっそく本題に入った。

「アッシュから伝言を持ってきたんだ」

とすると、アッシュには会えないのか。

少しだけ、気が沈む。

会いたかったのだけれど……。

でも一応兄の意地として、落ち込んだことを悟られないように、先を促す。

「アッシュから? 何?」

「“ルークから目を離すな。ヴァンに気をつけろ”だってさ」

それは伝言というより、まるで警告だった。

「僕らはこれから七番目の確保に向けて動き出すらしい。

もし、これ以上接触の機会が無かった時のためにとか言ってたよ」

ということは、少し先のことに向けての警告なのだろうか。

アッシュのことがあるから、ヴァンさんが信用を置けないのは分かってる。

ルーク様が、ヴァンさんに信頼を寄せているのも知ってる。

それを踏まえて考えると。

「ヴァンさんが、ルーク様に何かさせる気なの?」

そういう結論に行き着いた。

「さあ、僕はまだ細かいことは教えて貰っていないよ。

でも、七番目を確保した後は、アクゼリュスだ、とか言ってたかな」

アクゼリュス?

ますます意味が分からない。

アクゼリュスは確か、昔マルクトにとられた鉱山の街だ。

そんなところに何の用があるんだろう。

「他には何か言ってなかった?」

「何も。とにかく気をつけるよう、念を押しとけって」

一体何が起こるというのだろう。

「……分かったよ、気をつける。アッシュにもそう伝えて」

「了解。それじゃ、がんばってね」

その言葉を残して、セプは消えた。


アッシュの言葉を考えると、屋敷に帰っても落ち着いてなんかいられない。

いつ、何が起こるかわからないのだ。

もしかしたら、これは今まで以上に大変かもしれない。

「はーあ」

もう一つため息をつく。

せっかく兄弟に会えたのに、心配は募るばかりだ。

でも、アッシュに任せられた以上は、頑張らないといけない。

「バチカルが見えました!」

ちょうどその時、バチカルの港が見え始めた。

「よし!」

気合を入れ直して、頑張ろう。


僕は僕にできることを。


船の上にて
(何かがあるのはまだまだこれからだと、その時は僕はまだ知らなかった)