小話閑話集1


1.涙


「僕は、泣きません」

イオンは、そういった。

場所はイオンの執務室で、預言によって起こった戦争で、

イオンの数少ない友達が亡くなったと聞いたとき。

泣かないのかと聞いた俺に、イオンはそう返した。

「泣くことは、弱みを見せることです。僕は誰よりも強くなければならない。

誰にも弱い部分を見せてはいけない」

それは、導師という立場に立っているからこその、制約。

預言に頼りきった世界で、教団のトップたる導師は、一般人にとっては神にも近い存在。

いや、人は導師に神(この場合ローレライか?)であることを求めているから。

「僕は完璧な人間でなければなりません」

それは、たった八歳の子供に求めるには、あまりにも。

だって、まだイオンは子供じゃないか。

本当なら、親に甘えていても、まだいいはずの年齢。

なのに、聞けば導師として預言に詠まれていたから、

生まれてすぐに両親から引き離されてダアトにやってきたらしい。

親の顔すら覚えてないという。

預言、ただそれだけのために。

「……泣いても、いいんじゃないか」

預言のために何かが喪われるなんて、もうたくさんだった。

憶えて、いるから。

「完璧な導師じゃなくちゃいけないのかもしれないけど、完璧な人間である必要はないだろ」

そもそも完璧って何だ。

誰がそれを決める。

それは神でも世界でもない。

決めるのは、同じ人間だ。

そして、何かを喪ったとき、悲しいと思うのも、また人間。

「人間なら、大切な人が死んだら悲しいって思うのは、当然だろ」

なあ、だから泣いてもいいんだよ。

つらいときに泣けないことが一番つらいって、俺だってよく知ってるんだから。

でも、イオンは泣かずに、でもやっぱりつらそうに笑っただけだった。


2.譜術


「でやああ!」

声が響き渡る中、僕はその声の発信源を見下ろしている。

さっきからずっとそうして叫びながら、彼は譜術の練習をしていた。

そもそもの始まりは、彼が譜術を教えて欲しいと言ってきたことだ。

彼はもう十分に強いというのに、(その剣術は、もはやヴァンにも匹敵するだろう)

何をそこまで強さを求めているのか。

でも、少なくとも彼は、本気で、必死だったから。

譜術の使い方の基礎を、教えてあげた。

もっとも、第七音素は使う練習をしたことがあるらしく、ほとんど補足のようなものだったが。

それでも、確固たる目的があるのだろう彼が、ちょっとだけうらやましくて。

「イオン様」

「どうしました、アリエッタ」

隣で一緒に彼を眺めているアリエッタが、首をかしげた。

「どうして、アッシュに第五音素を送ってるですか」

指をくるくると動かして、少しずつアッシュに送っている。

やはり、感覚の鋭いアリエッタにはばれていたか。

「なあに、ほんの」

下の方で、ボンっと派手な音がした。

「うわ、失敗した!」

慌ててアッシュが消火活動をしているのを見ながら。

「いたずら、ですよ」

そう、アリエッタに微笑みかけてやった。


3.名前


「そういえば、アリエッタ」

「何ですか、アッシュ」

「その子たちって、名前、あるのか?」

そう言ってアッシュが指差したのは、アリエッタの大事な家族とお友達たち。

「ううん、ないです。お兄ちゃんとか、お友達とかって、呼んでたです」

女の子だったのか、とアッシュがお兄ちゃんを撫でた。

まあ確かに一見では性別など分からないだろう。

「名前、つけてあげないか?名前って結構大事なんだぜ」

名前、か。

お兄ちゃんと、お友達だけの、名前。

「いいです、ね。名前、つけてあげたいです。アッシュ、手伝ってくれるですか?」

「もちろん。ああ、イオンも誘って、一緒に考えようぜ」

イオン様と、アッシュと一緒に、名前を考える。

「はい、です!」

それはとても楽しそうで、自然と顔に笑顔が浮かんだ。

そうと決まれば早速、とアッシュと一緒にイオン様の執務室に向かう。

仕事を終えていたイオン様も一緒に、みんなで名前を考えた。

お兄ちゃんの名前はフォンティス。(長いから、普段はフォンと呼ぶことに)

お友達の名前は、ネア。

フォンティスは、古代イスパニア語で“大地を駆ける”。

ネアは、同じく古代イスパニア語で、“大空を舞う”。

どちらもぴったりな名前だと思った。

「よし、よろしくな、フォン、ネア」

「よろしくお願いしますね、フォン、ネア」

アッシュとイオン様が交互に呼びかける。

二人が嬉しそうに鳴いた。

だから、私も。

満面の笑顔で、フォンに抱きついて。

「よろしくね、フォンお兄ちゃん、ネア」