小話閑話集2


4.目隠し


「アッシュ、何ですか、それ」

イオンが、俺を見て訝しげに聞いた。

「眼の色を隠すための、色つき眼鏡」

で、多分間違ってないだろう。

俺の髪と目の色は、目立ちすぎる。

赤髪緑目はキムラスカの王族の特徴。

そうほいほいさらしていいものではない。

髪の色は、イオンに習った譜術で変えることができたけれど、目の色は変えられなかった。

無理に変えようとすると、かなり負担もかかるらしいし。

譜眼にすれば嫌でも変わるのだろうが、資料がなさ過ぎて危険すぎる。

この先を考えると、何とか資料を(グランコクマ、もしくは危険を承知でジェイドのところから)

手に入れて研究した方がいいのかもしれないが、今はまずこれだ。

「なるほど、あなたの色は目立ちますからね」

イオンも納得して、頷く。

だがその顔は笑っていなかった。

「でもなんだか気に食わないです。僕達しかいないときは、それは外しなさい」

僕達、とはイオンと、アリエッタと彼女の魔物たちのことだろう。

「似合わないのか?」

一応、見目を気にして買ってきたのだが。

「そういうわけではありませんが、何となく嫌です。これは命令です。分かりましたね」

イオンは一方的にそういった。

何となく嫌ってなんだ。

いまいち納得いかなかったが、命令にされてしまったし、素直に頷いておいた。


5.ひとり、ゆく


偶然、しかも気まぐれで拾ってきた子供は、意外にも役に立った。

レプリカだからか、しばらくは立つこともままならなかったのだけれど、

少しして成長すれば、アリエッタ以上の機敏さを見せるまでに成長した。

いや、成長した、は少しおかしいかもしれない。

なぜか生まれたばかりのはずの彼は、とても戦闘に関する勘が良かった。

まるで、最初からどうすればいいかを知っているかのように。

レプリカとはこうなのか、とそれとなくディストに聞いてみたが、即座に否定された。

だとすると、彼は完璧にイレギュラーな存在である。

もちろん、ディストには言わなかったが。

「アッシュ、アッシュ」

アリエッタはすぐにアッシュに懐いた。

彼の人柄もいいし、彼が魔物たちを邪険に扱わないことも影響しているだろう。

アリエッタが僕以外に笑顔を見せていることは少し腹が立ったけれども、

笑顔のアリエッタを見ることは嬉しかったから、何とか我慢した。

僕は後何回アリエッタの笑顔を見ることができるだろうか。

預言ではなく、医療によって宣告された、僕の余命はもう長くない。

季節がもう一巡りする前に、この命を終えることだろう。

その時、アリエッタは。

僕を慕ってくれているアリエッタはどうなるのだろう。

それを考えると、どうしてもアリエッタの預言を思い出す。

アリエッタは三年後ごろ、つまり十七歳になったころに、死んでしまうという預言。

僕のように病気ではなく、この後起こる、秘預言にまつわる戦いの中でと。

それは恐怖だった。

大好きなアリエッタは、僕が死んでまもなくして、亡くなってしまう。

酷かもしれないが、アリエッタには生きていて欲しかったのだ。

少しでも長く、けれどどうか人間には染まらず、その純粋無垢な心を持ったまま、この世界を。

不安で、死んでも死にきれなくて、正直あせっていた。

けど。

「どうした、アリエッタ」

アッシュに抱え上げられて、嬉しそうに笑うアリエッタを見て。

ああ、彼なら、僕の大好きなアリエッタを任せられる、と思った。

アリエッタはきっと僕の死を知ることはないだろうけど、きっとそれでも死に向かって進んでしまう。

けど彼はいつだって、ひたすら周りのことを考え、生きようとしていたから。

彼なら、きっと預言に詠まれたアリエッタの死を覆してくれる。

預言に存在しない、聖なる焔の光のレプリカたる、彼なら。

アリエッタを助けてくれるだろう。

気まぐれで拾ってきた彼は、僕にとって必要な存在となった。

アッシュ。

今はこの声を君に届けることはできないけれど。

必ず、届けることができる日がくると信じているから。

だから、どうか。

アリエッタを助けてください。


ぼくがぼくのまま、ひとりいった、そのさきで。


6.森


鍛錬がてらに、ちょっと森に行った。

執務室で暇そうにしていたアリエッタを連れて。

イオンは恨めしそうにこちらを見ていたが、アリエッタの息抜きになるだろうと結局許してくれた。

もちろん、アリエッタがいるから魔物を殺したりしない。

というかアリエッタがいると魔物は襲ってこない。

どうやらアリエッタはこの辺りの魔物とはすっかり友達らしい。

だから、単純な手合わせを、剣を使わず拳で行っていた。

休憩して、アリエッタが果物を取りに行って、俺は樹によりかかって休んでいた。

不意に、何かの鳴き声がした気がして、辺りを見回す。

耳を済ませて声のした方に行くと、怪我をした鳥(の魔物)が倒れていた。

「おい、どうした」

見ると、片翼が酷く傷ついている。

魔物にやられたのか、どっかにひっかけたのか。

抱えあげた俺に、そいつは必死に抵抗を試みていた。

怪我で全く力の入っていない今では、全く無意味だったが。

「暴れるな!治してやるから、大人しくしてろ」

アリエッタといると、どうも魔物に親近感がわく。

かつて山ほどの魔物を殺しておきながら、今さらだと苦笑しながら。

回復譜術をその魔物にかけてやった。

すると、その傷は少しずつ消え、多少跡は残ったもの、気にならない程度まで回復した。

魔物は驚いたように、空へ飛び立ち、その感触を確かめている。

「おお、治ったか。よかったな」

縦横無尽に飛び回るその魔物を見て、ちょっと笑った。

一通り飛んだその魔物は、すいっと俺の肩へ降りてきた。

「どうした?」

何か鳴いているのは分かるが、俺はアリエッタのように言葉は分からない。

困っていると、ガサガサ、と音がした。

そこにはアリエッタと、フォン。

「アッシュ、その子、どうしたですか」

「ああ、ちょうど良かった、アリエッタ。こいつが何て言っているのか教えてくれるか」

そういうとアリエッタは俺の肩の上の魔物へ目を向ける。

こいつも俺の言ったことが分かったのだろうか。

アリエッタに向いて、もう一度鳴いた。

すると、アリエッタがとても嬉しそうに笑った。

「その子、アッシュに助けられたから、恩を返したい、って言ってるです」

「え?」

「アッシュが好きになった、みたいです」

あれか、俺って魔物に好かれる体質なのか。

青くて小さかった、聖獣を思い出す。

「連れて行ってあげるといいです、よ」

アリエッタとしては、魔物の友達が増えたようで嬉しいらしい。

軽く魔物の方を向くと、(多分)嬉しそうに一鳴きした。

……まあ、伝書鳩代わりになるかもしれないし、いいか。

安易かもしれないが、そう納得して、頷く。

名前は、フラーメにした。

古代イスパニア語で、切り裂く風、だ。

「よろしくな、フラーメ」

フラーメが嬉しそうに鳴く。



フラーメが思ったより有能なことを知るのは、もう少し先の話。