小話閑話集4


10.理由


アッシュが、僕たちの知らないところで戦っているのは知っていた。

それはきっと僕たちのためなんだろうということも。

それが分かるくらいには、アッシュに世界について学んでいた。

魔物を倒すと賞金が出る。

生活するにはお金が要る。

それだけ分かればその結論を導き出すには十分だった。

アッシュは、いつだって僕たちのために頑張ってくれているのに。

僕らにできることは、何も無いのだろうか。


ふと、夜に目を覚まして、起き上がる。

隣ではルミナが熟睡、その更に隣でヴィンがすやすやと寝ている。

一通り見渡して、カリカリ、という音がするのに気づいた。

見れば隣の部屋から僅かに明かりが漏れている。

足音を忍ばせて、こっそりドアに近づいた。

アッシュの声が、聞こえてくる。

「やっぱりヴィンは音素をひきつけやすいんだ。これを続けると、体に負担がかかるかもしれない。譜眼で抑えるべきか?でも、資料が……」

ヴィンの話らしい。

どうやらヴィンは生まれつき、厄介な体質のようだ。

「グランコクマまで行ったら、ルミナの新しい短剣も買ってやれるかな……あそこは結構品揃え豊富だったし」

今度はルミナか。

そういえば訓練続きで短剣がボロボロになっていたな。

「いや、いっそケセドニアまで行こうかな。それなら、セプのグローブだっていいのが手に入るだろうし」

そして今度は僕の話。

最近僕は拳中心のスタイルになって来ている。

ああ、それにしてもアッシュはどうしてこうも僕たちのことばっかりなんだ。

そして、次に聞こえた言葉に目を見開く。

「“あの時”まではあと一年と少しか……否が応でも戦いになるだろうし、俺も体を鍛えておいた方がいいかな。今日はもう寝るか」

少しして、扉の向こうが静かになった。

アッシュは何のことを言っていたのだろう?

今の言葉からつかめたキーワードは、“あの時”、“一年と少し”、“戦い”だ。

確実に、戦わなければいけない何かがある。

そしてそれはそう遠くない。

……これでいいじゃないか。

強くなって、アッシュと一緒に戦えるくらい強くなって、アッシュを助けよう。

戦いがあるというなら、人手は多いほうがいいはずだ。

そう思うと、どんどんそれがいいことのように思えてくる。

やるべきことは見つかった。

強くなろう。

誰にも負けないくらいに。

そのためにはまず。

体作りが基本だな、と僕はベッドに戻って寝た。


11.足がかり


ヴィンと別れて、ケセドニアに残る。

とりあえず、パダミヤ大陸にこもっていた俺には情報が必要だ。

寝泊りする場所など、衣食住、ひいては仕事を確保する必要がある。

アッシュのおかげで、どうやらその辺りの魔物を倒すことには苦労しないようなので、傭兵でもやるか。

とりあえず歩き出すと、何か声が聞こえて、そちらに向かう。

声が聞こえてきたのは、ちょっと裏に入り組んだ所だった。

「大人しくしやがれ、こそ泥!」

「お断りだね!」

女性が男に追われている。

明らかに女性の方が不利な状況だというのに、女性の声はピンと張って揺るぎが無い。

薄汚い男より、よっぽど好感がもてた。

「抵抗しなきゃ、そうそう痛い目には……」

その声には、なにやら不穏な含みが見て取れる。

そう感づいて、すぐに俺はそこに割り込んだ。

「な、何だお前!」

「いや、どうにも悪党が女性を追い掛け回してるようにしか見えないんで、助太刀に」

「何だと!」

男が襲い掛かってきた。

だが、その動きはアッシュやセプに比べて格段にのろい。

簡単に見切って、愛刀の片方をつきつけてやった。

「まだやるか?」

「くっそ……覚えてろよ!」

お決まりの捨て台詞と共に男は逃げていった。

人間相手にもそう問題は無い。

人殺しはしたくないけれど、牽制くらいなら十分出来るか。

そこで追われていた女性を振り返った。

「大丈夫か?」

「あらん、ありがとう。助かったよ」

女性は、ノワールと名乗った。

「ノワールって、漆黒の翼の!?」

思わず声を上げた俺に、彼女は訝しげな目を向ける。

「どこからアタシの名前を聞いたんだい?」

「えっと、育て親から……」

アッシュが教えてくれたことの中に、サーカス団暗闇の夢兼義賊漆黒の翼についてのことがあった。

雇えばそれなりにいい仕事をしてくれるらしい。

世界中を飛び回っているなら、情勢とかにも色々詳しいだろうし……。

「頼みがある。俺を連れてってくれないか?」

「え?」

突然の申し出に、当然彼女も驚いた。

「俺、これから情報とか各国の情勢とか色々調べなきゃいけないんだけど、今まで家から出たこと無くてさ、どうしようかと思ってたんだよ。

育て親に鍛えてもらったから、それなりに力もあるし、戦える。護衛でも荷物運びでもするから、連れてって欲しいんだ」

あー、さすがに怪しすぎたか。

家から出たことないのに、各国の情勢を知りたいとか。

でも、ここで連れてってもらえば、一気に足がかりが出来る。

頼む、と手をあわせた。

「助けてもらったしね、無碍にはしないよ。まあ、もうちょっと詳しい話は聞かせて貰うけどね」

ついてきな、と言ったノワールに、ちょっと考えてから付いていく。

アッシュは悪い奴らじゃないって言ってたし、多分大丈夫だろ。


とにかく今は、情報情報っと。