小話閑話集9


21.置き去り


ヴァンからの立て続けの任務の後、アッシュは倒れた。

すぐに医者に見せてみれば、過労だという。

当たり前だ。

あれほど、あんなに無茶な任務を立て続けに食らっていたのだから。

起きるまでは寝かせておけという医者に従い、

ヴァンにも何とか許可を取り、アッシュが眠り続けて四日。

様子を見に行こうと行ってみれば、そこにはもぬけの殻のベッド。

書置きも何も無い。

フラーメもいない。

何か知らないかとアリエッタを探してみれば、アリエッタもいない。

まさかアッシュに何かしたのかとヴァンに聞いてみれば、心当たりがないとのこと。

行き詰まり、何か手がかりがないかと再びアッシュの部屋に行ってみれば。

剣が、ない。

アッシュの愛用している、剣が。

病み上がりのアッシュが、剣を持ち出して行方不明。

となれば、向かった先は、外。

そしておそらく、アリエッタを連れて。

僕は一人、置いてけぼり。

まさか離反を決めたのか?

でも、それなら連れて行ってくれないはずが無い。

それに、アッシュが言っていた予定の日までは、あと半年くらいあったはずだ。

僕に出来るのは、窓からやけに遠い空を眺めることだけだった。

フラーメが手紙を持ってくるまで、あと二日。


22.主人


気付いたら、焼けた森の前で呆然と立っていた。

その後、その森に住んでいた魔物と大騒ぎで交渉やら何やらもあったのだが、

ぼんやりとしか覚えていない。

既に知っているはず、体験したはずのそれに、頭がついていかなかったのだ。

だって、それは“過去”のはずだったのだ。

森で気がつく前の記憶を辿る。

自分はやはり森にいた。

チーグルの住処である森に。

そこで、誰かを待っていた。

誰を?

……ご主人様だ。

そうだそうだそうだ。

ずっとずっとずっとあの森で、ご主人様を待っていた。

待ち続けた。

でも帰って来なかった。

代わりに、ご主人様じゃない人が帰ってきた。

でも彼はご主人様じゃない。

泣いて泣いて泣いて。

嘆いてご主人様が救ったはずの神様を恨んで。

そして気がついたら。

あの日、ライガクイーンの森を燃やしてしまった日に、自分はいた。

何が起こったのかはわからない。

けれど、もしかしたら自分が待ち続けた、大好きなご主人様に会えるかもしれないから。

じっと、その日を待った。

けれどやって来たのは、ご主人様じゃなかった。

ティアさんと、イオンさんと、あの時帰ってきた、ご主人様じゃない人。

アッシュさん、でも名前はご主人様と同じ“ルーク”。

やはり何が起こっているのか、わからなくなった。

どうして、どうして。

ご主人様はこの世界にいないのだろうか?

いなくなってしまったのだろうか?

やはり、あの日に消えてしまったのだろうか?

誰も質問には答えてくれない。

落ち込んでいる自分を見て、ティアさんが慰めてくれたみたいだけれど、頭に入らない。

ショックを整理できないまま、長老に命じられてライガクイーンの元へ、皆さんを案内する。

やはり途中でジェイドさんが加勢に入り、あの時と同じようにライガクイーンは死のうとしていた。

だが、死ななかった。

乱入した人間が、ライガクイーンをかばったからだ。

片方は、ライガクイーンに育てられたアリエッタさん。

そしてもう片方は……。

「止めろ!」

びくりと体が震える。

この声はこの声は。

何よりも待ち望んだ、大切な。

「ライガクイーンを殺さないでくれ!」

大切な、ご主人様の声だ。

どうしてアッシュと呼ばれているのか分からない。

なぜ髪の色が朱ではなく茶なのかも分からない。

顔を隠すようにゴーグルをしている理由も分からない。

だけれど、誰かを気遣うその態度、優しい声、どれも忘れようが無い。

大好きなご主人様。

そう思うといてもたってもいられなくて、ご主人様の元へ駆け寄った。

もしかしたら、ご主人様はティアさんたちのように、自分のことなんて知らないかもしれない。

ご主人様にとって、自分はただのチーグルなのかもしれない。

でも、自分の主人はこの人だけで。

ぎゅっとご主人様の服を握り締めながら泣き叫ぶ。

「ミュウ」


自分の名前を呼んでくれたことが、これ以上なく嬉しかった。