鳩を、一匹飛ばした。

あの人ならそれでも会ってくれるだろう。


ダアト港からシェリダン港に渡って、シェリダンに入った。

セントビナー救出のためには、やはりアルビオールが要るだろう。

それに、世界中を動き回るためには、やっぱりあった方がいい。

イエモンさんには反対されたが、ある取引を提示すると、しぶしぶながら飲んでくれた。

その条件は、飛行実験に乗せてくれるなら、いい改造材料を持ってくるということ。

彼らはよりよい作品を作ることを生きがいとしているから、これは効いた。

飛行実験のパイロットはギンジさん。

「よろしくお願いします!」

「お願いします」

とにかく、ありとあらゆる手を打っておくに限る。

俺の干渉によって、これから先何が起こるかわからない。

アルビオール強化もその内の一つだ。


まず、キノコロードに飛んで、大飛譜石を取りに行った。

これは前回見つけたもので。技術者の人たちは大変喜んだものだ。

一人でキノコロードに入るのは少し不安だったが、何とか切り抜けることができた。

ギンジさんに大飛譜石の説明をすると、こちらも喜んだ。

次に、グランコクマから少し離れたところで降ろしてもらった。

さすがに戦争間近で緊張しているところに、直に降りるのははばかられる。

乗っている間に書いた手紙と大飛譜石をギンジさんに託して、グランコクマに入った。


何だか懐かしかった。

実際、ほとんど軟禁生活だったバチカルよりもグランコクマの方が馴染みがある。

ここで黒いマントをかぶっているとさすがに怪しいので、マントは脱いだ。

髪も目立つので、染料を買って茶色に染める。

ついでに服も旅人を装いやすい服に買い換えた。

騒がないようにとミュウに言いつけて道具袋に入れる。

そうだ、今までと同じように剣を腰につけたら、誰かばれやすくなるかもしれない。

利き手に今までの剣を、右手にローレライの鍵を持てるように吊る。

今までの服は一応とっておくが、これでかなり動きやすくなった。

とりあえずピオニー陛下に謁見しようと城に向かうと、何やら騒がしいことに気づく。

「ちょっと、あんた達みたいのはお呼びじゃないよ」

「そういわずに、さぁ」

微妙に見覚えのある光景だった。

「悪いようにはしないからさ、俺達と来いよ」

「お断りだよ!」

微妙どころではなく、見覚えのある光景だった。

ノワールがごろつきに絡まれている。

しかも、あの時よりも若干空気が不穏だ。

漆黒の翼にも用はあったし、助けておこう。

「何をしている」

ノワールを庇うように立つと、当然だが食いかかってきた。

「な、なんだてめえ、あっち行ってろ!」

それでも動かずにいると、こちらへ向かってくる。

願ったりだ。

これで正当防衛が成り立つ。

ローレライの鍵ではなく、愛剣を抜いた。

なるべく傷をつけないように応戦すると、お決まりの捨て台詞を吐いて逃げていく。

それを見送った後、ノワールが話しかけてきた。

「あんた、ケセドニアで会った坊やかい?」

そういえば、ケセドニアで財布をすられ掛けたことがあった。

もう随分と昔のことのように思えるが。

「ああ」

「こりゃまた随分雰囲気が変わったもんだね。ま、礼は言っておくよ」

「別にいい。こっちはあんた達に用があって近づいたんだから」

「何でゲス?」

ノワールでなくウルシーが聞いてきた。

「あんた達“漆黒の翼”に依頼をしたい。もちろん報酬は払う」

「ビジネスってわけだね。まあ今の借りもあるし、とりあえず話は聞いてやるよ」

なんていうべきかを少し考えた後、こう告げた。

「これから先一年と少し、俺のサポートをして欲しい」

「は?」

「よく分かりやせんね」

ウルシーとヨークが首をかしげた。

ノワールは黙ったままキセルを回している。

「この先一年、世界中で多くの“戦い”と呼べるものが起こる。

俺はそれを止めるために世界を回らなくてはならない。その時に、手を貸して欲しい」

「ふーん、それであんたは具体的に何をしようとしているんだい?」

「……それは、言えない」

「協力を要請しておいて、情報は無しか」

「理不尽なのは分かっている。だが、頼みたい」

さすがにこれはダメだろうか。

報酬はあっても、立場が平等でなければ。

だが、目的を果たすためには、彼らにも細かいことを話すわけにはいかない。

何がなんでも、と思っていたのだが。

「まあ、いいだろう。受けてやるよ、その依頼」

意外にも、承諾してくれた。

周りにのヨークたちは慌てている。

「の、ノワール様、いいんでゲスか!?」

「ただし、その前に一つあたしの問いに答えて貰うよ」

「できる限りのものなら」

一体何を聞いてくるんだ。

「あんた、あの時いた仲間達はどうした?」

あの時、は多分ケセドニアでの初対面のこと。

つまり、仲間達というのは。

「捨ててきた」

彼らのこと。

「あいつらが俺を捨てたから、俺もあいつらを捨てた」

状況的には間違ってない。

少しばかりの、沈黙が漂った。

「ふうん……まあ、とりあえずそういうことにしておいてやるよ。

で、アタシたちに何をして欲しいんだい?」

細かく追求してくれなかったのは有難いが、いまいち引っかかる。

だが、質問に答えないわけにもいかない。

「今はこれといったことはない。だが、いずれ戦争が起きると思う。

そういう噂を聞きつけたら、ケセドニアにいてくれ」

「戦争? 物騒でゲスね〜」

「あたしは、戦争が始まると確信しているアンタの方が物騒だと思うけどね」

「……違いない。頼めるか?」

「戦争なんて起きないに越したことはないんだけどねえ。ま、分かったよ」

そういえば、ノワールはホド諸島の生き残りだった。

戦争には、少し思うところがあるかもしれない。

やはり、あまり俺の行動には関わらせない方がいいか。

「ありがとう、頼んだ」

それだけ言って、踵を返して再び王宮に向かって歩き出した。

「……そんな冷たい目じゃ、救えるもんも救えないよ」

ノワールが俺の背に向かって、それだけ言った。

繋がりの無い、冷たい目。

きっと最後まで冷たいままだろう。

いや、そうあろうと決めた。

これでいいんだと、無理やり自分に言い聞かせる。

いつか、この旅が終わりを迎えるまで。


その時は、確実に近づいている。


崩落まで、あと少し
(おちるのが早いのは、どちらか)