久しぶりに会ったピオニー陛下は、ほぼ記憶のままだった。

少しの違いといえば、向こうからすれば得体の知れない俺を観察しているぐらいだ。

「ふーん、お前がルーク・フォン・ファブレのレプリカか。

それで、お前といたはずのウチのジェイドはどうしてるんだ?」

「俺…私は今、ジェイド…カーティス大佐とは一緒に行動していません。

ですが、彼は無事で、そろそろここ、グランコクマに着く頃だと思います」

その言葉に謁見の間は騒然となった。

やはり、彼は死んだと思われていたのだろう。

今目の前にいるこの皇帝陛下を除いて。

それでも最初に彼の行方を聞く辺り、やはり親友なのだろう。

「で、お前は単身ここへ何をしに来た。アクゼリュスについての罰を受けにでも来たのか?」

事前の手紙で大体のことは報告しておいた。

それを踏まえて会ってくれる辺り、ピオニー陛下は本当に度量の広い人だと思う。

「許可を頂きたく存じます」

「許可?なんのだ」

「アクゼリュスの罪は後ほどでいくらでも受けましょう。

けれど、私には今すべきことがあり、そのために、罰の延期と、マルクト領内を自由に動く許可をお願いしたい」

後、があるかは分からないが。

もちろんそれは伏せておく。

言い終わると、少し周囲が騒がしくなった。

「何を、罪人がずうずうしい!」

やはり予想通りの返事が返ってきた。

もちろん陛下からではなく、臣下から。

そして、陛下が手をかざすと、一瞬でしんとする。

「静かにしろ。それは何のためだ、ルーク・フォン・ファブレ」

そう告げるピオニーの声は、確かに“皇帝陛下”だった。


「ふーむ、まあいいだろう。後で発行して届けさせる。宿は取ったのか?」

ピオニー陛下は近くにいた兵を呼んで、何か命じている。

「はい。けれど、私を探すときは、なるべく内密に、お願いします」

何とか許可をもらえたことで、少し安心した。

張り詰めていた気を、少しだけ緩める。

「分かった。下がれ」

それに頷き、礼をする。

すると、下げた頭に声が降ってきた。

「陛下!なぜこのような者の言い分を聞かれるのです!」

「黙れ。俺は確かにまだ歳若い皇帝だが…必死な者の声を蔑ろにするほど愚かじゃないぞ」

その言葉で間は静かになった。

不躾でない程度の視線が突き刺さる。

あまり長居するのも良くないし、さっさと立ち去るとしよう。

「…ありがたく、存じます」

それだけ告げて、下がろうとした。

だが、扉の向こうからやや騒がしい声がして、一瞬足を止めた。

「貴様っ生きていたのか…!」

「生きていて残念でしたか?これは失礼」

ジェイドだ。テオルの森から先行して、グランコクマに着いたのか。

「陛下はいらっしゃいますね?」

「陛下は今賓客と謁見中だ!いくら貴殿とはいえ…」

「しかし、こちらも急を要するのです。陛下、入りますよー?」

そう言って、ドアが開きかけた。

今、ジェイドと鉢合わせにはなりたくない。

だが、逃げるにも、出口は目の前の扉一つだけ。

まずい。

やばい、と思った時、後ろから声が飛んだ。

「ちょっと待て、ジェイド!」

ピオニー陛下のその声で、開きかけたドアが閉じた。

「なんですか?」

「ちょっとだけそこで待っていろ、すぐに終わる」

「こちらも急いでるんですがねぇ」

「すぐだ、すぐ!」

そんないつもの(懐かしい)会話をしながら、ピオニー陛下が手招きした。

「何でしょうか」

「お前、ジェイドに会いたくないんだな?」

ピオニー陛下には背を向けていたのに、なぜ分かったのか。

「素直に答えろ」

隠し立てすることに意味はない。

そう思って、ちょっとためらってから頷くと、ピオニー陛下は少し考えたあと、こういった。

「そうか、おい、そこのお前!」

「はっ」

警備についていた兵の一人が、呼ばれて返事した。

「そこに抜け穴が一つあるから、こいつを連れて外に出て、宿まで送り届けろ」

抜け穴。

それで陛下はいつも脱走していたのか。

というか謁見の間に抜け穴があっていいのか。

だが、そんな一般的な常識がこの王様に通じないことは、よく知っていた。

助かったと思う反面、ちょっと呆れる。

「急げ!」

「はっ…行きますよ」

「あ、はい。ありがとうございます、陛下!」

そういって、抜け穴を通った。

「いいぞ、ジェイドー」

「何だったのですか?賓客とやらもいないようですし」

「お前が来るんで逃げちまったんだよ」

「ほう?誰ですか、そんな失礼なお方は」

「俺の可愛いブウサギだ」

「本気で怒りますよ、陛下」

そんな会話を背に受けながら、兵士に手を取られて、俺は宮殿を出た。

これでいい。

俺は、そこにいるべき人間じゃないんだ。


兵士と別れて、手早く買い物を済ませて、宿に入った。

おそらくもうすぐティアたちがやってくる。

今、パーティーに俺もアッシュもいないはずだから、おそらくガイのカースロットも発動していない。

それはいいことなのだが、出来ればガイのカースロットは早めに解除した方がいい。

何とかイオンに接触したいのだが、アニスがいるとそれも難しい。

どうするか、と考えていると、今まで道具袋に入れていたミュウが顔を出した。

「あの、ご主人様、もう喋っていいですの?」

そういえば、町に入ってから黙らせたままだった。

「あまり大声にならなければいい」

そういうと、嬉しそうに抱きついてきた。

その背をなでながら、ベッドに倒れこむ。

すると、ミュウが耳をぴくりとさせて、起き上がった。

「ご主人様、ティアさんたちの声がするですの!」

「外か?」

「はいですの!」

「大声を出すな」

そういうと、ミュウゥゥと悲しそうにへたりこんだ。

とりあえずミュウをベッドに残したまま、窓からこっそり外を覗き込む。

そこには、予想通りティア、ガイ、アニス、イオン、ナタリアがいた。

記憶よりも満身創痍の姿だった。

微かに声が聞こえてくる。

「もう、何だってあんな森で襲ってくるかな!」

「本当ですわ。おかげでくたくたで…」

「でも、シンクは何故か残念そうな顔をしていたな?」

「ええ、あれはなぜなのかしら…」

みんならしい会話をしていた。

森でシンクと、あと多分ラルゴと戦ったのか。

記憶では、あの時は俺がいて、ガイのカースロットが発動して、その騒ぎで終わった。

シンクはおそらく、カースロットの意味がないと、残念そうにしたのだろう。

今のところ、前回と大した差異はない。

ガイのカースロットくらいだ。

ただ、そこに俺がいないだけ。

これでいいんだと、情けない心に言い聞かせる。

そんなことを考えていたら、次のイオンの言葉に固まってしまった。

「ルークは今、どうしているんでしょう…」


固めた決心が揺らぐ前に、目を、逸らした。


どうして、そんなにも
(まだ、俺の名前を呼ぶのか)