使いの兵から陛下直々の発行手形を受け取った後、周りを気にしながらすぐに出た。

これからティアたちもセントビナーに向かうのだろう。

その前にしなければならないことがある。

グランコクマを出て少しすると、予想通りの声がかかった。

「ルークさん!」

振り返ると、ギンジと、少しだけ大きくなったアルビオールがあった。

「ギンジさん。ありがとうございます。無理言ったのに、来てもらって」

「とんでもない。ルークさんが下さった譜石のおかげで、町中大騒ぎでしたよ!

しかも、このあとさらにすごい譜石を届けてくれるらしいじゃないですか。

じいちゃんも喜んでアルビオールを出してくれました」

やはりあの大飛譜石は効いたらしい。

錬成飛譜石を入手できるのはもう少しあとだが、今はアルビオールが必要だ。

「その譜石を手に入れるにはもう少し時期を待たなければならないんです。

すみませんが、それまで待ってもらえますか?」

「ええ、もちろんですよ。それまでアルビオールと俺を自由に使ってもらって結構です」

「ありがとうございます。では、さっそく、シュレーの丘まで頼みます」

「分かりました!」


アルビオールに乗り込んで、シュレーの丘で降ろしてもらう。

「この後は…」

「セントビナーで人命救助、あとはルークさんが言っていたティアさんたちを助ける、ですよね!

分かってますよ」

「頼みます」

「はい」

ギンジにはティアたちの人相を伝えてある。

これでセントビナーの人達は大丈夫だ。

そして、自分は自分のすべきことがある。


「うわあ…すごいですの〜」

ミュウはパッセージリングを見上げながら飛び跳ねている。

「近づくな、危ないぞ、ミュウ」

「はいですの!」

そういって少し離れたミュウを見てから、パッセージリングに近づいた。

途端、パッセージリングが起動して…。

吐いた。

すさまじく気味の悪いものが体をかけ登っていく感じがした。

これが、瘴気か。

「ご主人様、大丈夫ですの!?」

ミュウが近づいてくる。

「大丈夫…だ。離れてろ…」

こんなものを抱えて、ティアは耐えていたのか。

どうしてああも強がるのか。

それでも、今度は彼女がこの気持ち悪さを背負わずに済むと思うと、少しだけ気が軽くなった。

「すぐ…に終わる…」

そう呟いて、超振動でパッセージリングへの命令を上書きした。

これは超振動による反動よりも、瘴気の方がやっかいかもしれない。

「ご主人様、大丈夫ですの?」

「大丈夫だ…出るぞ」

このあと、パダミヤ平原で戦争が始まる。

その前に、たどり着かなければならない。

まだ、やることがある。

この生きている命で、守れるものがある。

休んでいる暇はない。

体に鞭を打って遺跡を出た。


「ご主人様、ご主人様!あそこに誰か倒れてるですの!」

「は?」

パダミヤ平原に向かう途中、ミュウがそう言ったので、そちらの方を見た。

そこには、見覚えのある姿が。

「っく…こんな時に…レプリカルークか…ついてないね、僕も…」

シンクが、倒れていた。

「シンク!?何している、こんなところで!」

「そんなの、僕の…勝手だろ…近寄るな…!」

駆け寄ってよく体を見ると、あちこちに怪我があった。

「まさか、テオルの森でみんなと戦った時に負ったのか…?」

「…」

シンクは何も言わない。

肯定か。

それでここまで逃げ延びて来て、倒れたのか。

このままだと、魔物にでも襲われてしまうかもしれない。

俺は、第三譜歌を歌った。

癒しの力を持つ、水の譜歌。

「壮麗たる天使の歌声……ヴァ レイ ズェ トゥエ ネウ ズェ リュオ ズェ クロア」

第三音素が集まってきたのを感じ、一気に放出した。

「ホーリーソング!」

あたりに力が広がる。

攻撃だと思ったのか、身構えていたシンクが目を見開いた。

「これは…譜歌…!?なんでアンタがそんなものを…?」

「そんなことはどうでもいい。これで怪我は大分治るはずだ」

シンクは自分の体を調べている。どうやら譜歌はきちんと効いたようだ。

「どうして、僕を助けたのさ」

シンクはヴァン師匠の配下で、敵だ。

ここで生かしたら、この先何人もの命を奪うかもしれない。

それでも、助けなくては、と思った。

「さあ、同じレプリカのよしみだとでも思ってくれ、6番目のレプリカイオン」

「!!」

その言葉に、シンクが距離を取った。

「なんで、知ってるのさ…」

「さて、何で…だろうな」

何で、助けたいと、思ったのか。

自分でもよくわからない。

同じレプリカだからか?

レプリカイオンだからか?

多分、違う。

そんなものじゃなくて、きっと理由はもっと単純。

シンクが死んだ時の顔が、浮かんでは、消えた。

シンクが少し息を呑む声が聞こえる。

それに我に返ってシンクを見ると、何故か辛そうに見えた。

「どうした?」

「どうしたのはアンタの方さ!どうして、そんな…っ!」

シンクはその先を飲み込んだようだ。

もしかしたら、そんな辛そうなシンクを見たは初めてかもしれない。

この子はいつも、自分を否定して、世界を否定して。

諦めきった声で空っぽだと叫んだ。

そんなシンクが、何て続けようとしたのか。

少しだけ、沈黙が漂った。

するとシンクが急に背を向けて、走り出した。

「…礼は言わない!じゃあね!」

その言葉だけを残して。

辛さを隠して、強がって。

その仕草が何だか幼い感じがして、小さく笑う。

そして、シンクはまだたった2歳なのだと思い出した。


俺よりも、ずっと短い命。


短い蝋燭に灯った焔
(それでもまだ、生きている)