パダミヤ平原を見渡せる高台に立つ。

前回アルビオールから見た、戦争が繰り広げられる場所を見られる位置に。

「ミュウ、できるだけ離れていろ」

「ミュ…ご主人様、気をつけてですの」

ミュウが少し離れるのを確認してから、ローレライの鍵を持ち、構えて、超振動を放った。

地面をえぐって、持ち上げる。

そして、溝に沿うようにして再構築させた。

パダミヤ平原のど真ん中に、かなり深い谷ができた。

疲れて座り込むと、ミュウが心配してかけよってきた。

「ご主人様、大丈夫ですの?」

「大丈夫だよ、ミュウ」

「すっごい谷があるのですの!ご主人様が作ったですの?」

「ああ…これで、戦争をしたくてもかなり難しいことになる。

谷には戦争をするほどの隙間はないし、互いに下に下りるまでに攻撃されるかもしれないという意識が働く」

「ご主人様、すごいですの!」

「…すごくなんかないよ。さ、次行くぞ」

こんなことしか、俺にはできないんだから。

立ち上がって、ミュウを肩に乗せて歩き出す。

ミュウが耳元でこういった。

「どこに行くですの?」

にこにこと笑顔のミュウに苦笑して、答えてやる。

「ケセドニアだよ」


修復されたローテルロー橋を渡り終えるころ、地震が起きた。

「ご主人様、地震ですの!」

「大丈夫だから、しっかり捕まってろ」

ミュウを抑えてしゃがみこむ。

しばらくすると地震は収まった。

たぶん今の地震はセントビナーが降下した衝撃だろう。

ならばおそらくティアたちは、セントビナーを沈ませないためにシュレーの丘に行くだろう。

もしかしたら、セントビナーが降下した原因を調べに、かもしれないが。

そして上ってきたら、今度はルグニカ平野の降下だ。

上手く行っていれば今度は戦争が起きないはずだから、まっすぐザオ遺跡まで来るだろう。

その前にザオ遺跡に行って、パッセージリングを操作しなければならない。

とにかく時間がない。


ケセドニアに着くと、兵士たちが街中を走り回っていた。

何かを言い合っているようだがよく聞こえない。

そういえば、ミュウは耳が良かったな。

「ミュウ、兵士たちが何を言っているか聞こえるか?」

肩のミュウにたずねると、ミュウはしばらく目をつぶっていたかと思うと、急に目を開けて叫んだ。

「兵士さんたち、ご主人様が作った谷についてお話してるですの!」

「しっ!大声を出すな!」

そう言ってミュウの口を押さえてから辺りを見回す。

どうやら聞こえなかったらしい。

ここはケセドニアの喧騒に感謝しておこう。

「小声で、言えよ。戦争は起きていなさそうか?」

「はいですの。谷が邪魔で戦えないって言ってるですの」

狙い通りだ。

これで戦争で死ぬ人間がぐっと減る。

「よし…ありがとう、ミュウ」

ミュウを一撫でして、酒場に向かった。

「ノワール、いるか?」

酒場に入ると、中で酒を飲んでいたノワールたちがいた。

「ルークかい。遅かったね。もう戦争は…始まってはいないみたいだけど」

漆黒の翼にもそう伝わっているなら確実だ。

俺は一息つく。

その様子をみてか、ヨークが聞いてきた。

「まさかアンタの仕業なのか?」

「ああ。だが、その話はあとだ。とにかく時間がない。俺はこれからザオ遺跡に行く。

その後…ダアトに向かいたいから、足の準備をしていて欲しい」

「ひゃあ、たまげたゲスな」

驚く二人とは違って、ノワールは心配そうに俺に近づいてきた。

「アンタ、ちゃんと寝てるのかい?顔色がよくないよ」

ノワールが俺の額に手を当てる。

「熱はないみたいだけどね…」

「大丈夫だ…頼んだ」

なるべくやんわりノワールの手を払ってから、マルクト側の扉を開ける。

「無理はするんじゃないよ」

「…ありがとう」

あまり、関わらせたくはないのに。

どうしてどいつもこいつも、不器用に優しいんだか。

少しだけ振り返って、それだけ言った。


ザオ遺跡をひたすら下って、パッセージリングを目指す。

その途中で、以前もいた巨大な魔物に出くわしたが、時間もなかったし超振動で消滅させた。

「ごめん…」

ほとんど自分のための、一応の謝罪を告げた。

たぶんもう聞こえないとは思うけど。



「ご主人様、パッセージリングですの!大きいですの!」

ミュウは先んじて飛び跳ねて進んでいく。

俺はそれを追いかけながら、先ほど魔物を超振動で消した腕を見た。

「こんなに連続で超振動を使ったのはいつぶりか…」

エルドラントでの戦い以来じゃないかと思う。

まだ乖離は起こらないとは思うが、あまり使いすぎない方がいいか。

「ご主人様ー?」

変なところですばやいミュウが、もう先に着いて呼んでいた。

「今い…っ!?」

行こうとして、急に体が地面にたたきつけられる感じがした。

いや、実際倒れていたから、感覚的には間違っていない。

「ご主人様!?」

ミュウが寄り添って叫んでいる。

すさまじく、気持ちが悪かった。

もう体の中にものがないのか、吐くことはなかったが。

前とは違い、今度は頭をひどく揺さぶられたような気持ち悪さだった。

「ご主人様、ご主人様!」

何とか顔を上げれば、やたらアップなミュウの顔と、起動したパッセージリングが目に入る。

やっぱり起動の副作用か。

「大丈夫…だ…ミュウ…」

台座につかまり、何とか起き上がる。

手を上にかざして、超振動でパッセージリングに書き込みをした。

「ご主人様、ひどく辛そうですの!休んだ方がいいですの!」

「すぐに…あいつらが、来る…休んでは、いられ、ない…」

俺が何をしているのか、あいつらに知られてはいけない。

かつ、常に先んじて手を打たなくてはならない。

まだまだやることがあるのだ。

こんなところで倒れているわけにはいかない。


壁によりかかるようにして、元来た道を戻って、地上に出た。

まだ、あいつらは来ていない。

ケセドニアに向かって歩く。

不意に、酷い頭痛が襲った。

頭痛の中、酷く冷静な部分がゆっくりと動く。

ああ、忘れていた。

この頃には、これがあったのか。

『おい、聞こえるか、レプリカ!』

アッシュからの、通信。

『聞こえるなら、返事をしろ!』

「…るせー…よ…はなし…かけんな…」

痛い辛い苦しい。

何も考えられない。

『…い…レ…カ…!』

アッシュの声がどんどん遠くなっていく。

頭痛は治まらない。

視界が真っ暗になる直前に、何か見覚えのある色を見た気がした。


あれは、何だったか。


残像を食い尽くす闇
(どこかで、喪ってしまった気がする色だった)