ちょっと冷たい風が、頬を撫でた気がして、目が覚めた。

「…あれ、僕…?」

ちょっとぼやける視界には、見たことない木造の部屋が映っている。

いったい何をしていたんだったか。

「参謀長、目が覚めましたか!」

声がしてそちらを向くと、そこには見慣れた兵士の姿。

どこの所属かはわからないが、神託の盾兵だ。

ならばここは、教団の中か?

呆然としている僕をみかねたのか、兵士は恐る恐る尋ねてきた。

「…気を失われる前のこと、覚えていらっしゃいませんか?」

だめだ、いまいち頭がはっきりしない。

「全然思い出せない。ここはどこ?」

「ここはダアト港です。

参謀長は、どこかで気を失われて、神託の盾の人間だと判断した者に船でここまで運ばれたらしいですよ」

どこかで気を失った? 港…船?

そういえば、船に乗っていたような、気がする。

(朱い閃光が、よぎった)

「あ!」

「思い出されましたか?」

思い出した。

ルークだ。

砂漠で倒れていたルークを見つけて、運んで、船にのりこんで。

目が覚めたあいつと話をした。

それで、それで…!

(誰よりもまっすぐ、自分を見た、翠の瞳が)

何もなかった、いや、無いと思っていた器に、確かに何かを注がれて。

初めて、僕が人間だって、肯定されて。

よくわからない衝動が沸いたことは覚えている。

嬉しいような悲しいような、今までに感じた覚えのない。

それから、その衝動の抑え方が分からなくて……泣いたような、気がする。

そういえば、泣いたのなんて初めてだった。

兄弟たちが死んだときだって、泣きはしなかった。

(そんな感情、教えられてはいなかった)

初めて、まともな感情を持って、なんだか、とても。

(また、あいつの影がよぎった)

「参謀長?」

思考を遮る雑音が聞こえた。

ああ、うるさい。

今は僕に話しかけないで。

この、余韻を感じていたい。

「参謀長、お目覚めになられてすぐ来るように、総長から言伝を預かっています」

まだ何か雑音がする。

うるさいうるさい。

こんな気持ち、本当に初めてなんだ。

アンタたちはこんなもの、僕に与えてはくれないだろう?

放っておいてくれ。

「参謀長!」

「うるさいって言ってるだろ!」

軽く兵士を突いて、そのまま港の小屋を飛び出した。

雑音がまた聞こえたが、無視した。

なんて遠回りしてたんだろう。

僕が求めていたのは、こんなにも単純なことだったのに。

いや、求めていたことにすら、気づいてなかった。

気づいて、与えられて。

生まれて初めて、満たされた気がする。

これが、生きてるって実感なのかな。

ああ、でも、もう戻れないよ。

もう、なかったころには、戻れない。

ヴァンのところには行かない。

あそこは、僕の求めていたところじゃなかった。

誰も僕自身を認めてなんかくれないんだから。

預言なんてもうどうでもいい。

もともと大したこだわりはなかったけど。

あいつのところに行こう。

僕をこんなにした責任はとってもらわなくっちゃ。

そういや、うまいことはぐらかされて、あの時僕がした質問にも答えてもらってない。

そうと決まれば即行動。

ヴァンにこのことがバレない内にさっさとダアトを出てしまおう。

見つかったら面倒だからね。

だけど、どこに行ったらあいつに会えるだろうか。

アクゼリュスのあと、あいつとあったのは、セントビナーとケセドニアの近く。

なんであいつはあんなところにいたのか。

考えろ、僕。

……そういや両方とも近くにパッセージリングがあったっけ。

あいつが何をしているかは知らないけど、その行動が総長に関係あるのなら。

パッセージリングを回っているのには筋が通る。

あいつの総長への執着はなかなかだったから、可能性もまあまあだ。

行ってみるとしよう。

見つかりたくないことを考えると、なるべく目立たないところがいいかな。

とすると、ザレッホ火山とロニール雪山、メジオラ高原は、近くに大きな町や教団があるからパスだ。

残っている場所で、近くに町がなくて、行きやすそうな場所。

タタル渓谷に行ってみよう。

あそこなら、ここから船でケセドニアに向かえば、徒歩でいける。

ちょっと遠いから、そうそう見つかる心配もないだろ。

よし、じゃあさっそく船に乗ろう。

船に乗り込み、やけに青く見える空に向かって手を伸ばした。

今行くよ、ルーク。


この、とても晴れ晴れした気持ちを伝えたいんだ。


鋭い閃光が貫いた
(僕が求めていたものが、ようやく分かったんだ)