バチカルに着くと、町は既に騒ぎになっていた。

「王女様が殺されるだって!?」

「なぜ!」

「ナタリア様が何をした!」

ナタリア処刑の噂を聞きつけたのだろう、城門の前に押し寄せて、兵たちを問い詰めている。

「随分騒がしいでゲスな」

ウルシーが呑気な声を出した。

「手はず通りに頼む」

「あいよ、ルーク」

ノワールたちに民の扇動を頼む。

これで、あいつらがバチカルの外に出る時の経路は確保されるはずだ。

全く、あいつはいい手を使ったと思う。

国民のナタリアへの支持は、かなり高いものがある。

そのあいつと、彼女を助けるため、昔ナタリアに教えてもらった抜け道を通る。

どこの国でも非常用の抜け道のようなものは作る。

それをどこに作ってどう使うかは王族次第だが…。

某帝国の王が頭に浮かんだので、振り払った。


確か、あの時俺たちはナタリアの私室に捕まっていたはずだ。

そちらへ向かうと、丁度毒を持っている大臣が見えた。

「な、何者だ、貴様!」

こちらへ気付いた。

事前にフードを被っていて正解だった。

大臣は俺と気づかなかったようだから。

それ以上声を上げる前に、鳩尾に一発入れて気絶させた。

「…間に合ったか…」

とりあえず安堵の息を吐く。

毒と、毒の入っていたグラスを、超振動で分解する。

これで少しの間、ナタリアに危険はないはずだ。

だが、時間がないことには変わりはない。

何が起きているかを気付かれる前に、アッシュたちを助けなくては。


牢の入り口まで行くと、賑やかな声が聞こえてきた。

「ちょっと、出してよ〜!アニスちゃん、こんな所で儚い命を散らすなんて嫌だ〜!」

「私もこのようなところで死ぬのは嫌ですねえ。私は老衰で死ぬと決めているんです」

「決めてんのかよ…」

「お前ら、そんなくだらねえこと言ってないで、ここを出る策なり何なり考えやがれ!」

「そうよ!早く出ないと、彼女が心配だわ…」

何とも賑やかな囚人だ。

言っていることがらしすぎて、思わず苦笑がこぼれる。

「しかし、武器も取られ譜術も封じられ手足を封じられたこの状況では…文字通り手も足も出ませんよ」

なるほど、それで自力では出られないのか。

「くそっ何とかならねえのか!」

こちらもあまりぐずぐずしている暇はない。

声がぎりぎり聞こえるか否かというところで、第一譜歌を歌った。

「トゥエ レイ ズェ クロエ リュオ トゥエ ズェ…」

音と音が重なり合って、旋律が生み出される。

ユリアが深淵の意味を込めた、一番目の大譜歌。

深い眠りへと誘う、始まりの歌。

唱え終わると、声が止んだ。

譜歌の影響を受けてあいつらも眠っていてくれるといいんだが。

こっそり覗くと、どうやら成功したようだ。

急いで見張り番の兵士を縛りつけ、鍵を奪って牢の中に入れる。

近くに武器もあったので、それも牢の中に放り込んでおいた。

ナタリアの居場所を示して、戻ろうと階段に足をかけかける。

その足を止めて、一度みんなの方を見た。

みんなをこんな近くで見るのは、アクゼリュス以来だった。

何も、告げていなかった。

ユリアシティに残っていたティアにさえ、何も言わずに飛び出した。

でも、俺が俺の目的を果たすためには、歩み寄ることは許されない。

これから何度か出くわすこともあるだろうけど、何も告げることはできない。

ただ、今はみんな気絶しているから。

思いは届かないが、声を届けることだけはできる。

これはただのエゴだ。

「死なないで…くれよ」

思わず、声が震える。

「俺は、みんなが生きていてさえくれればそれでいいんだ。

そのためなら、瘴気中和だってローレライの解放だってやってやる」

少しでも犠牲を減らすために。

俺なりのやり方でみんなを守るために、俺は戻ってきた。

「今なら、お前ら、俺のこと、嫌いだろ?

それでいいからさ。もう、あの時みたいな顔、させたくねえんだよ」

レムの塔で死なないでと言ってくれた仲間達。

エルドラントで、帰って来いと言ってくれた仲間達。

みんな変なところで不器用で、いろんなものを背負ってて、でも優しかった仲間達。

「もう、俺が死んだって悲しまなくていいから。俺のことなんて、背負わなくていいから。

お前達は、お前達が守りたいもののために戦って……生きてくれ」

俺のことなんて、忘れて、どうか幸せに。

ああそうだ、それからもう一つ。

「約束、守れなくてごめん」

それは消えた世界での約束事だったけれど。

それでも、他に言うべき相手なんて、やっぱりいないから。

「さようなら」

きっとこれは、最初で最後の別れの言葉。


気絶したティアたちを置いて、上へ戻る。

直に目が覚めるだろうから、その後のために、入り口にほど近い部屋に隠れる。

中にいたメイドと兵士には、悪いが気絶してもらった。

5分と待たないうちに、ティアたちが駆ける音がした。

また、声がする。

「ねえ、何で兵士たち眠っちゃってんの?」

「さあ、何故でしょう」

「まさか…第一譜歌…?でも、それだと、歌い手は…」

「ティア、考えるのは後にしよう。まずはナタリアの救助だ」

「その通りだ。牢の前に刻まれていた、“西”という字…あれが本当なら、おそらくナタリアは自室だ」

さすがにアッシュは城の中は把握しているらしい。

迷わずナタリアの自室の方に向かっていく。

よし、これでいい。


しばらくすると、今度はナタリアも一緒に戻ってきた。

そして、やはり陛下に一度会おうと、謁見の間に向かっていく。

タイミングが重要だと、俺は剣の柄を握って構えていた。

中で騒がしい音がして、ナタリアたちが走り出てきた。

少し後ろからディストとラルゴが追いかけてくる。

ナタリアたちが城を出た直後、俺は閉まった扉の前に立ちふさがった。

「あ、あなたはっ!」

「…レプリカルーク、そこをどけ」

「どけないな」

剣を構える。

「俺にはここを守る義務がある」

みんなの命を守る、義務がある。

「いいからどきなさい!」

椅子に座ったまま通ろうとするディストに、剣をつきつけた。

「ひっ!」

「あいつらがここから逃げきるまで、ここは通さない」

通すわけにはいかない。

どんな手を使ってでも。

「では、力ずくで通してもらうしかないな」

ラルゴが槍を構える。

ラルゴが槍を向けてきたら応じなくてはならないが、するとディストが逃げる。

ならば、ここでとる手は。

「ミュウ、ディストにアタックだ!」

そういうと、道具袋に入っていたミュウが飛び出して、ディストに体当たりした。

「ミュウ〜アタッ〜クですの〜!」

「ぎゃあ!」

岩をも砕くミュウアタック。

それが腹に直撃したディストは、しばらく悶えて動けまい。

「さあ、来い、黒獅子のラルゴ!」

「いい度胸だ!」


俺とラルゴが手合わせる音に、徐々に兵士が集まってきた。

フードは被っているが、俺の正体に気付く者もいるかもしれない。

そろそろ逃げたいところなのだが。

「ルーク、あいつら逃げたよ!」

状況報告にヨークが来てくれた。

名前を呼ばれてやや辺りに動揺が走ったが、仕方ない。

「ありがとう!退くぞ!」

そう言って、ディストの上で飛び跳ねていたミュウを呼び、一目散に逃げ出した。

ラルゴが呼んだ気がしたが、構っている暇はない。


町ではかなりの混乱状態だった。

ところどころで兵士が、民に立ち塞がれて立ち往生している。

さすがに一般人には手を出せないようだ。

「ルーク、こっちでゲス!」

途中でウルシーとも合流して、港に向かう。

出航準備を整えたノワールが待っていてくれた。

「全く、あんたは毎回無茶するよ…」

ノワールには心配と呆ればかりさせている気がした。

「悪い。急いで出てくれ。追っ手が来るぞ」

「言われなくても!」

漆黒の翼の船は、ノワールが言うと同時に出航した。


甲板からバチカルを見上げる。

七年、俺が過ごした、故郷と呼ぶべき場所。

今ではこんなにも遠く離れてしまった。

きっと、もうあの場所に戻ることはない。

あそこは、俺のいるべき場所じゃない。

あそこにいるべき人物は、今、イニスタ湿原に向かっているはずだ。

俺がいるべき場所は…。


陽だまりを支えるための、陰の中。


捨てた陽だまり
(帰る場所なんて、全部捨ててしまった)