バチカルに出て、ベルケンドに向かった。 確かこの後、ジェイドが禁書を解読し、地核振動中和作戦会議を行うはずだ。 そこでスピノザに立ち聞きされ、ヴァン師匠に密告される。 そうしたら、またシェリダンで多大な犠牲が出る。 その前に、スピノザを捕まえなければならない。 入港の指示を出しながら、ノワールが言った。 「それで、次はどうするんだい、ルーク?」 「ベルケンドの第一音素研究所に用がある。ノワールたちは待っていてくれ。行くぞ、ミュウ」 「はいですの!」 ミュウを連れ、港を出て、ベルケンドに向かった。 どうやらアッシュたちはまだベルケンドについていないらしい。 イニスタ湿原を抜けるのに時間がかかっているのか。 あそこにはベヒモスがいたが、うまいこと逃げれば戦うことはない。 多分、大丈夫だろう。 町を良く見ると、あちこちに神託の盾兵が見える。 そうだ、今、この町にはヴァン師匠がいるんだった。 第一音素研究所には行きたいが、今ヴァン師匠に会いたくはない。 でも、スピノザを捕まえないと犠牲が出る。 ……行くしかないか。 「アッシュ特務師団長、ヴァン総長閣下がお呼びです」 案の定、入り口で兵士に呼び止められた。 「何故神託の盾がこのようなところにいる? ここはファブレ公爵の領地だぞ。私はルーク・フォン・ファブレだ。ここを通せ」 一応、仮の権力に頼ってみたが、ダメだった。 「いいえ、あなたはアッシュ特務師団長です。ファブレにはあなたのレプリカがいます。 あなたはルーク・フォン・ファブレではありません」 どうやら兵にもアッシュのことは知れ渡っているらしい。 ここにいる彼らはつまりヴァン師匠の直属の部下なのだろうから、 それぐらいの情報は与えられているのかもしれないが。 ならどうして俺がレプリカの方だとは思わないのか。 よくよく見れば色彩やら顔つきやら違うだろうに。 「連行します」 冗談じゃない。 すぐに兵たちの鳩尾に一発ずつ入れて、気絶させた。 こうなったら強行突破だ。 騒ぎになる前に用件を済まそう。 すぐに中に入って、スピノザを探す。 「な、なんじゃアンタは!」 スピノザは意外に早く見つかった。 「スピノザ、あんたに用がある。一緒に来てもらおう」 強引に手を引っ張って連れ出す。 ヘンケンさんとタマラさんは見あたらなった。 この場合色んな意味で好都合かもしれない。 この時点で彼らにとってスピノザは仲間なのだから。 もう少しで出口だという時に、外が騒がしくなった。 「おい、門番が倒れてるぞ!」 「侵入者だ!」 まずい。 今見つかると、ヴァン師匠に見つかるかもしれない。 咄嗟に、引き返して目の前にあった部屋に飛び込んだ。 「? 君は、誰だい?」 「…シュウ先生」 飛び込んだ先は、医務室だった。 そこには、何回も世話になった、医者のシュウ先生がいた。 俺の顔を見るなり、僅かに目を見開いている。 扉の外で足音が近づいてくる。 これは賭けに出るしかない。 「シュウ、こやつは…」 「すみません、ちょっと匿ってください!」 スピノザが何か喋る前に、奥の部屋に駆け込む。 おそらくほぼそれと同時に、医務室の扉が開いた。 「シュウ、ここに誰か来なかったか?」 「…いや、来ていない。どうしたんだ?何か騒ぎが?」 「ああ、侵入者だ。くそ、一体どこに隠れたんだ!…邪魔したな」 入ってきた奴はそれだけいうと、また外に出て行った。 とりあえず俺は一息つく。 「君が侵入者かい?何でこの医務室に駆け込んできたんだ?」 「まず、最初の質問にはイエスです。手近な部屋に駆け込んだら、たまたま医務室だっただけで」 ひょっとしたら人を呼ばれるかと思ったが、特にそれはなかった。 その代わり、質問を続けられた。 「なぜ、侵入した?」 「ここに用があったんですけど、今ここに来ているヴァン・グランツと顔を合わせたくなくて」 シュウ先生はしばらく俺の方を見ていたかと思うと、急に目を見開いた。 「…君は、まさか」 「ルーク・フォン・ファブレのレプリカです。…通報しますか?」 シュウ先生が言う前に先手を打った。 というより、この髪と目の色では想像に難くないだろう。 何しろここはキムラスカの、レプリカ研究の最先端だ。 「いや、君には何か事情があるようだし、しないでおこう。 それに私も、神託の盾の主席総長にはいい思いを持っていないのでね」 それは初耳だ。 とにかく、理由はどうあれ助けられたことに変わりはない。 「…ありがとうございます」 「礼を言われるほどのことでもないよ。それで、どうする?このままでは出られないだろうし…」 確かにそうだ。 だが、もうすぐアッシュたちが到着すれば、おそらく中に入ってくる。 その後神託の盾の兵たちもほとんど退くはずだから、その時に出ればいい。 それまでヴァンに見つからないかが心配だが。 「少し様子を見ます。もう少しここにいさせて下さい。それと、出来ればついでに検査をして欲しいんですが」 ここで発作を抑える薬をもらえれば、かなり手間が省ける。 「検査?どこか悪いのか?」 シュウ先生の顔が医者の顔になった。 「…はい」 「ふむ、これも何かの縁だ。いいだろう。 それに、病人けが人を救うのが医者の本分だ…兵器を作り出すのが、医者の仕事ではない」 兵器。 確かにそう言った。 彼はそんなことに携わっていたことがあったのか。 ベルケンドの、第一音素研究所で行われる兵器の開発。 シュウ先生がヴァン師匠を良く思っていない理由。 最初に、俺が名前を知っていたことを疑問に思わなかったこと。 …俺を見た時、目を見開いた訳。 それから導き出される結論は一つだった。 だからシュウ先生は、レプリカの検査も難なく出来たのかもしれない。 疑問が一つ解消した。 「お願いします」 でも、安心して俺が身をこの人に預けるのに、そんなことは関係ない。 シュウ先生がとても優しいことを、俺が知っている。 やはりそれだけで十分だろう。 結論がそこに行き着いたところで、思考を一回やめた。 「あのー、ワシは、一体どうしたら…」 置いてけぼりにされていたスピノザが所在無さげに尋ねてきた。 「そういえば、なぜスピノザがいる」 シュウ先生は今更ながらに疑問に思ったらしい。 「元々彼に用があったんです。検査が終わったらここを出るぞ。それまで奥の部屋にでもいろ。 逃げようとしたり、助けを呼ぼうとするなよ。ミュウ、スピノザを見ていろ」 「はいですの!」 ミュウを監視役において、俺は検査の機器に近寄った。 何回もここには来て、この機器にはかなり世話になった。 少し、懐かしかった。 真実を告げる、意思無き塊 (それはいつだって無慈悲な真実を)