シュウ先生のところで検査を受けているうちに、外がまた騒がしくなった。

「今度はなんだ」

「…来たな」

アッシュたちが来たのだろう。

「何?」

俺の声を聞きとがめたのか、シュウ先生が訝しげに聞き返した。

だが、そうとなれば、そろそろ外に出れる。

なるべく急いだ方がいい。

「今のうちに急いで下さい」

「あ、ああ…」

詳しいことは聞かずに、検査してくれた。


「いいか、決して無理をしてはならないよ」

「分かってます。ありがとうございました」

鎮痛剤を受け取りながら、礼を言う。

やはり体内にそれなりの瘴気が溜まっていた。

前回ティアが言われたことを言われるのは少し妙な気分だ。

だが、無理をしてでも外郭大地の降下を続けなければならない。

心の中だけでもシュウ先生に謝っておこう。

「外も…大分静かになったようだね」

「ああ。そろそろ行きます。本当にお世話になりました」

「言っただろう、これが医者の本分だと。何かあったらまた来なさい」

「ありがとうございます」

もう一度礼を言う。

「ミュウ、スピノザ、行くぞ」

「ご主人様、ミュウ、頑張ったですの!スピノザさんが喋らないようにミュウアタックしまくったですの!」

スピノザはベッドの上で倒れていた。

誰も喋るたびに攻撃しろとは言ってないが…まあ結果的にはいいだろう。

「な、何でワシがこんな目に…」

「…今のあなたに非はないが、致し方ない。とりあえず済まなかった」

あまり意味のない謝罪な気はするが。

「ご主人様、次はどこに行くですの?」

「タタル渓谷だ。行くぞ。そろそろ行かないと間に合わない」

スピノザを起き上がらせ、もう一度シュウ先生に挨拶し、第一音素研究所を出た。


ベルケンドにもうほとんど神託の盾は見当たらない。

もうここを引き払ったのだろう。

今頃、宿でギンジさんと再会し、禁書を受け取って、解読に励んでいるころだろう。

という予想は、裏切られた。

「あー!ルーク!何でこんなところにいんの!」

後ろから聞き覚えのありすぎる声が飛んできた。

フードを被って、ミュウも隠していたのに何故気付くのか。

「ルークだって!?」

「何だと!?」

他の面々の声も飛んでくる。

このままだと捕まる。

「スピノザ、走るぞ!」

「え、へ!?」

まだ、捕まるわけにはいかない。

スピノザを引っ張って、走り出した。


途中でへばった――お年寄りだから当たり前だ――スピノザを背負って、必死に港まで走った。

後ろからまだ追いかけてくる声がする。

「ルーク、待ってくれ!」

「屑野郎、待て!」

「ルーク、待って下さい!」

「ルーク!」

待てと言われて待つバカがどこにいる。

呼びかけてくる声はまちまちだが、少ししか離れていない距離にいるのは分かった。

港が見えてくると、急いでノワールたちが待つ船に飛び乗った。

「ノワール、出航してくれ!」

「いつも急だね…そういうと思って準備してあるよ。出航!」

俺の無茶な要求にも、対応してくれて、本当にありがたかった。

俺が乗ってすぐに船は港を離れ始める。

間一髪、あいつらは間に合わなかった。

「ルーク、待ってくれ!どうして逃げる!?」

スピノザを降ろして、声が届く限りは返事をしてやろうと港を向く。

「お前らなんかと一緒にいるのが嫌だからだ」

「なっ!私だってやだよ、あんたみたいなわがまま坊ちゃん!」

それに反応を返したのはアニス。

「ルーク、お待ちになって!私は…あなたに…言いたいことが…!」

「今更話すことなんて何もない!」

「てめえ!」

ナタリアに対する返事に、アッシュが怒った。

そろそろ、叫ばないと届かない距離だ。

「あなたは、何をしようとしているの!」

最後はティアだ。

「…お前らには、関係ない!」

これ以上はもう声が届かないだろう。

背を向けて、スピノザを船室に連れて行くように言った。

途端に、頭痛が走る。

膝をつくと、ミュウが駆け寄ってきた。

「ご主人様!?」

『てめえ、戻って来い!』

アッシュとの回線だ。

何が何でもこちらの手の内を読ませるわけには行かない。

『い…やだね!』

『てめえ、この屑が!一体何をしようとしてやがる!』

『さっきも言っただろ、お前らに言うことなんて何もない!お前には関係ない!』

絶対にいえない。

声が頭にガンガン響く中、ひたすらそう思った。

『ふざけんな!お前はまだヴァンと繋がってやがんな!?』

どうしてそういうことになっているのか。

『さあな!』

この場合はその方が都合がいいかもしれない。

少なくとも、俺と接触する回数が減るだろうから。

『アクゼリュスの一万人もの人間を殺しておいて、まだ足りねえか!』

アクゼリュス。

俺が消滅させた町、液状化された大地に飲み込まれた町。

俺が殺した、たくさんの人々。

変えることの出来なかった預言。

救えなかった、この、血塗れの手。

『うるせえ…』

『これ以上、どこを消滅させる気だ!?』

『うるせえ!!』

超振動を使うみたいに、力を込めた。

『お前なんかに、何が分かる…失せろぉぉ!』

頭が焼けるように痛い。

それでも、力をこめ続けた。


すごい音を立てて、何かが切れる音がした。


飛び行く先を見失った矢
(来るな来るな来るな近寄るな)