何の障害もないまま、ダアト港に着いた。

次はザレッホ火山だ。

まず、ノワールたちのところに顔を出した。

「この次はシェリダンだ。準備をしておいてくれ」

「やれやれ、本当に慌だたしいね」

俺達が出てくるのと殆ど入れ替わりで、あちらがタタル渓谷に行くはずだ。

その後シェリダンで地核振動計測値を渡して、バチカルへ伯父上たちの説得。

グランコクマ、ケセドニア、ユリアシティと動いて終戦会議。

その後シェリダンに戻ってきて地核作戦。

その前にはシェリダンに着くだろう。

そこで地核停止作戦が無事終わるのを見届けた後、ケテルブルク。

あちらは今度はザレッホ火山に来るだろう。

一歩一歩先手を取っていけば、被害や向こうへの負担はぐっと減る。

「シェリダンに着いた後は少し休めると思う。それまで頼む」

それだけ言って、一応シンクがいるだろう部屋を訪ねた。

「シンク」

「何」

返事が返ってきた。

寝てはいないようだ。

「俺はこれからザレッホ火山に行く。お前はどうする?」

途端、ドアが勢い良く開いた。

「行くに決まってるだろ」

声に不機嫌が滲んでいる。

一つため息をついてから、一応忠告した。

「分かっているとは思うが、俺もお前も神託の盾騎士団には姿が売れている。慎重に行動しろよ」

「当たり前」

シンクはもとより、俺の容姿もアッシュとして有名だ。

髪は染めているものの、顔の造形だけは変えられない。

アッシュに間違えられると、気分的にはちょっと複雑だ。


船を下りるときに、ウルシーが、以前頼んだものをこっそり持ってきてくれた。

というかさっき渡すのを忘れていたらしい。

こんなに早く用意できるとは思ってなくて、聞かなかった俺も俺だが。

「なに、それ」

当然のごとく、シンクが尋ねてきた。

「ま、後でのお楽しみだな。後で見せてやるよ」

それまで待ってろ、というと、シンクはちょっとそっぽ向いた。

なんだか最近、やたらシンクの仕草がそっけないがするのは気のせいだろうか。


熱くて暑い火山を二人プラス一匹で進む。

火口からだから、下るということになる。

途中出てきた魔物は、二人で片手間のように倒した。

やはり六神将だっただけあって、シンクは強い。

今までよりも格段に戦闘が楽になっていた。

特に苦もせず、パッセージリングに着いて、命令を書き込んだ。

ああ、しまった。もうあまり薬がない。

シェリダンに行く前にベルケンドに行って薬を貰ってくるか。

おっとその前に、シンクとも話をしなきゃな。

ここなら誰に聞かれる心配もない。

ウルシーから貰った氷の種で溶岩を凍らし、その上を渡る。

さすがのシンクもちょっと驚いていたようだ。

歩きながら、シンクに呼びかける。

「なあ、シンク」

「何さ」

「お前はいつまでついてくる気だ?」

「その口ぶりだと、僕についてきて欲しくないみたいだね」

当たり前だろ、という言葉は辛うじて飲み込む。

「そういわれるとついて行きたくなるのが人間でさ」

もうすっかり自分を人間に格付けしている。

いや、それはいいことなのだが、こうもあっさり返されるとちょっと悲しくなる。

あれだけ人間だレプリカだ悩んでいた俺は何だったのだろう。

「じゃあ、もし俺がいなくなったどうする」

「探すよ。どっかにはいるんだろうから」

この前と状況変わらないしね、とシンクは肩をすくめる。

「じゃあ、どこにもいなかったら?」

ピタとシンクが動きを止めた。

俺は構わずに歩き続ける。

少し歩くと、目的のものが見つかったから、立ち止まった。

第五音素の塊。

ミュウファイアを強化するための触媒。

ミュウにそれに触れるように言いつけて、少し離れたシンクを振り返った。

「お前は、どうする?」

それは、問いの続き。

「……アンタ、もしかして、死ぬ気、なの?」

シンクにしては恐る恐るといった感じで聞いてきた。

シンクの言葉に、視界の端でミュウが反応したのが見える。

「さあな」

肩をすくめてやると、シンクではなくミュウが飛びついてきた。

「ご主人様、ご主人様は死んじゃうんですの!?」

譜が書き足されたソーサラーリングを確認して、ミュウを抱き上げる。

「お前は、どう思う?」

ミュウは眉をたらしただけで、何も言わなかった。

「お前は?」

そう、再びシンクに振り返る。

少ししてから、シンクは声を張り上げた。

「アンタ、バカ、だよっ」

拳がふるふると震えている。

「ああ、そうだ俺はばかな“人間”だ。知らなかったのか?」

ばかで救いようのない人間だから。

ここにいるのだ。

「ばかだから、何もかもから見放された。ばかだからたった一つのやるべきこと以外、目に入らない。

ばかだから、そのために命をかける」

ばかにしかでき無い芸当だろ、とやや自嘲気味に笑う。

「ばかだ、ばかだ、これ以上ない大ばかだよ、アンタ」

「だからなんだ。俺と来るのを止めるか?」

そうしてくれると大いに助かるのだが。

「冗談!」

そう言ってシンクは俺の手を掴んで、体の向きを変えて歩き出した。

つまりは帰る方向に。

「意地でもついていってやる!」

何のために、とは聞かなかった。

引っ張られるまま引きずられて、こっそりと笑う。

ああ、なぜかな、この手が悪くない、なんて思えるのは。

こいつが、このままこの手を離さないというなら、シンクにも、見届けさせるのもいいかもしれない。


俺がこの世界に残す、きっと最後の軌跡を。


道化師の行く末
(終わりの見えた芸なんて、つまらないか)