最初に目に入ったのは、仮面を取り、顔をしかめたシンクだった。

「三十九度七分」

顔をしかめたまま、そう告げる。

「呆れた。これで直接の死因でもないんだってんだから、尚更ね」

「……悪い」

さすがに素直に謝る。

窓から外を見ると、暗い。

今は夜のようだ。

シェリダンの工房の奥の仮眠室で、俺はぐったりと横になっていた。

「全く、シェリダンに着くなり倒れるんだから。無茶したら、アンタの目的果たす前におっ死ぬよ?」

「それは困る」

「じゃ、大人しくしてな」

そう言って、シンクは濡れた布を額にあててくれる。

冷たい温度が心地いい。

みんなを送っていったギンジさんに迎えに来てもらってシェリダンへ。

俺が覚えているのは町に入ったところまでで、シンク曰くそのあとぱったりと倒れたらしい。

「シンクさん、ルークさん、目覚めましたか?」

音を立てないようにこっそり部屋に入ってくるのはノエルだ。

こっちではまだ一回も会っていないから、懐かしい。

とはいえ、初対面で名前を呼ぶわけにもいかない。

「起きたよ」

「初めまして、ルークさん。私はノエルといいます。兄のギンジがお世話になりました。

あなたの話は兄からよく聞き及んでいます。ようこそ、シェリダンへ」

ぺこ、と律儀にお辞儀をするノエルに、静かによろしく、と返す。

俺が倒れたあと、ノエルとシンクが看病をしていてくれたらしい。

何とかものは食べられそうだ、と告げると、お粥を作ってくると、彼女は部屋を後にした。

「ご主人様、大丈夫ですの?」

「何とか、な」

心配そうに自分を覗き込んでいるミュウをなで、小さく笑う。

「大丈夫じゃないよ、全く。それで、原因は分からないの?」

シンクは呆れて、もう一度布を取り替えた。

「旅の疲れか、瘴気か。ベルケンドにでも行かないと分からないな。

まあ、一ヶ月はゆっくりするつもりだから、たまには休養もいいかもしれない」

そういえばこれからの予定については初耳だ、とシンクが軽く目を見開いた。

「一ヶ月も、何もしないの?」

「新たに何かが起きるのが、一ヵ月後だ」

少し考えてから、シンクは続ける。

「ヴァンがらみ?」

「ああ」

「アブソーブゲートで、あいつらがやったんじゃないの?」

「師匠はしぶといんだ」

本当に、これの一言に尽きる。

多分今回もローレライを取り込んで生き延びているだろうから、片をつけにいかなくてはならない。

この巻き戻された世界も、歪んだ俺の存在にも。

そのためにはまず、体を万全にしなければならないだろう。

一ヶ月後には、大仕事が待っているのだ。

「ルークさん、お加減どうですか」

今度はギンジさんが入ってきた。

油にまみれている。

アルビオールの整備でもしていたのだろうか。

「いやあ、ルークさんがくれた練成飛譜石ってすごいですね。

今、二号機にとりつけてるんですけど、馬力が段違いに上がりそうだってみんな喜んでます」

やはりそうらしい。

二号機ということは、操縦士はノエルか。

「喜んでくれたみたいで、何より……です。

それで、一ヶ月後に、またしばらくアルビオールを借りたいんですが……」

もう何も無いんですけど、と少し尻すぼめに言う。

「もちろんです!二つの飛譜石だけで、もう十分ですよ!いつでも使ってください!

今度は多分、二号機の操縦士である妹のノエルが乗せてくれますよ」

あの子も操縦士なのか、とシンクが感心している。

「ええ、おいらたち兄妹は小さい頃から操縦の練習ばっかしてましたからね。

ノエルの腕も、おいらが保障します」

知ってるよ、と心の中だけで笑った。

「そっちの方は心配ないんで、とにかくルークさんは休んでください。そんな酷い熱があるんですからね」

行く当てもないし、しばらく厄介になるしかないだろう。

「お願い、します」

「はい!」

「はい、そうと決まったら、ノエルが粥持ってくるまで安静にしてな」

また濡れ布を替えたシンクが、そう言って近くの椅子に座る。

どうやら引き続き看病してくれるらしい。

一つ礼を言って、言われた通り静かに静養することにした。


一眠りして、次に目を覚ましたら、夜は明けていて、枕元でミュウが丸まっていた。

シンクやノエルはいない。

朝ごはんでも食べているのだろうか、と思ったが、それにしてはなんだか騒がしかった。

起き上がると文句を言われそうだ。

ミュウを起こしてメッセンジャーにでもしようと思っていたら、シンクが入ってきた。

「起きてたの、ちょうどいい」

「シンク、何かあったのか?」

ひとつ大きなため息をついて、シンクは現状を説明した。

「アッシュが来てる」

「は?」

思わず間抜けな声を上げてしまった。

「アンタを探してるみたいだよ。それで足にと、アルビオールを借りに来たらしい。

大丈夫、僕は姿を見せてないし、アンタのことは言わないようにと、今しがた回ってきたところだ」

安心しな、とシンクは続ける。

どうやらシェリダンのみんなから俺のことが漏れることはないらしい。

安心して、気になったことを尋ねる。

「理由は、分かったか?」

「さあ、屑を探しに行く、としか言ってなかったね」

酷く淡々としたものまねだ。

それはいいとして、アッシュは何をしている?

多分、あいつの性格を考えると、ファブレの家には帰ってないのだろうが……なんで俺を探しているのか。

アブソーブゲートで俺が助力したのに気づいて、文句でも言いに来たのか。

それともローレライ絡みか。

そういえば(多分)ローレライがヴァンに取り込まれてから、話をしていないな。

たとえそうだとしても分からないか。

「何か要望は?」

「ない。強いて言えば会いたくない、知られたくない、それだけだな」

「了解。ギンジに言って、出て行かせるよ」

多分、ギンジとアルビオールと一緒に、ということだろう。

シンクは頷いて部屋を出て行った。

それを見届けると、急に意識が重くなって、俺は意識を沈ませた。


どこかで、感じたことのある感覚。


来るべき日に向けて
(暗闇の中、声を聞いた)