三度目にやってきた、白い場所。

そこに俺はいた。

「何か用か、ローレライ」

どうせ俺がここに来るのは、ローレライが呼んだとしか思えないのだ。

見えはしないけれど、何となく気配を感じる。

『栄光を掴む者は、やはり生きている』

ああ。やっぱりそこにいた。

「お前を取り込んでか」

そんなことは百も承知だとばかりに、告げる。

『そう何回も失態は犯さぬ。奴が取り込んだのは、我の一部。命を繋げる程度の力だ。

我は力を殆ど失ってはいない。だが、地核は揺れるぞ』

前回から、少しは学習したらしい。

意識集合体にも学習なんて概念があったかどうかは知らないが。

「じゃあ、何の用だ。まさかそれだけのために呼んだんじゃないだろうな」

『無論。お前が最初に言っていたことのやり方を教えてやろうと思ったまで』

思わず目を見開く。

『理論自体は、お前の言っていた方法で成功するだろう。

だが、収束から発散までの間、お前は以上な量の第七音素の塊の近くにあることになる。

音素同士は引き合い、不安定なお前の体は乖離を始める』

「発散まで、俺の体は持つのか?」

全てを終える前に、乖離して消えてしまうのでは話にならない。

まだやることがあるのだ。

『このままでは持たぬだろう。だから、お前に組み込んだ我の音素を利用する』

体が温かいものに包まれた気がした。

「何をする気だ」

『我の音素をお前の体中に散らして、連結の信号を発する。

つまりは、お前の体の音素を、我の音素によって結合するということだ。

それによってお前の強度は上がる。発散の後の乖離も緩まるだろう』

とはいっても、最後の仕事を終えれば持たぬだろうが、とローレライは続けた。

「十分だ。その最後の仕事まで持てばいいんだから」

その後はどうなっても構わない。

されるがまま。温かい力の流れに身を任せていた。

『……戻ってきた当初よりも、随分と表情がよくなったな』

人間のような言葉に、はは、と笑った。

「そうだな。多分……あいつらのおかげだよ」

そう言って、緑と青を思い浮かべる。

最初は本当に切羽詰っていたのだ。

やらなきゃいけないことがたくさんあって、でも誰にも頼るわけにも行かなくて。

一つでも多くの命を救いたくて、気を張っていた。

でも。

(見届けたいと、思ったんだよ)

(ずっとご主人様と、一緒ですの!)

俺がなしたことを見ていてくれる奴がいる。(それは監視でも観察でもない)

最初から最後まで、共に歩いてくれる奴がいる。(それがどれだけ心強いか)

結局俺は、一人で歩けるほど強くは無かったのだ。

無理して進んでも、俺はここまで来れさえしなかったかもしれない。

誰かがいたから歩いてこれた。

思いがあったから前に進めた。

それに気づくことのできた俺の心は、かつてないほど穏やかだった。

もしかしたら、幸せだと思えたときよりも。

だから、もう死に向かって歩くことは怖くない。

俺はここにいて、確かな生を歩んでいる。

それだけで、この世界に生まれた意味があったように思える。

自身の存在意義は確立した。

後は、目的を果たすだけだ。

「きっと俺は、最期は笑っていけると思うよ」

『そうか』

ふっ、と温かい力が体から離れる。

『ならば我はそれを見届けるとしよう。我と最も近しい“人間”よ』

「ありがとう」

その言葉は、随分とすんなり出た。


「…く、るー……ルーク!」

一気に意識が覚醒した。

目を開けると、またシンクがいた。

「意識、はっきりしてる?」

「ああ。どうした?」

軽く目をこする。

さっきまでの倦怠感はだいぶ引いていた。

この分だと、熱もほとんど下がったのかもしれない。

訊くと、シンクは怪訝そうな顔をした。

「どうしたって、あんた今の自分の状況見えないの?」

「は?」

シンクに言われて辺りを見回す。

よくよく見ると、自分はうっすら発光していた。

「乖離するのかと思って、ホント驚いたよ」

俺の意識がはっきりしているのを確認して、シンクは息を吐いた。

「ご主人様ーっ!」

傍で見つめていたミュウも抱きついてきた。

徐々に光は薄れていく。

「大丈夫だ。ちょっとローレライと話していただけだ」

もしかしたら、今までも夢の中でローレライに会っている間、発光していたのだろうか。

人目につかなくて良かった。

「あの第七音素意識集合体と?」

「ああ。もう三回目になる」

三回目、とシンクが小さく復唱した。

「もしかして、あんたがヴァンの行動を知ってるのは、ローレライのせい?」

「まあ、当たらずとも遠からず、かな」

ローレライのせいで逆行しているのだから、あながち間違っていない。

ちょっと納得した顔で、シンクは頷く。

「アッシュはもうギンジと出たよ。それから、ノエルが粥作ってきてくれたから、食べな。

食欲はあるんだろ?」

「ああ」

傍に置いてあった粥を受け取って、手をつける。

とても温かかった。

「美味い」

「それは後でノエルに言ってやりな」

そうだな、と笑った。


ちょっと音を立てて、二人と一匹で笑いあった。


陽だまりのカタチ
(今までで一番、温かい場所に、俺はいた)