一しきり体中を力が奔ったあと、顔を上げる。 目の前には何もない。 すさまじい疲労感があったが、体の中はすっきりしていた。 後ろを振り向けば、余波が行ったのか、折り重なって倒れるマルクト軍たち。 だが、呻き声がたくさん聞こえてくるところを見ると、どうやら無事のようだ。 力が抜けて、座りこむ。 ローレライの剣は、薄く発光していた。 「ルーク!?」 シンクが走りよってきた。 「ご主人様!?」 道具袋の中で、ミュウもわめいた。 「大丈夫だ。少し、疲れただけだ」 むしろ顔色が良くなった気さえする俺の顔を見て、シンクは次にローレライの剣を見た。 「何したの?」 「レプリカたちを超振動で分解、その音素をこのローレライの剣に蓄えた。 ついでに俺の体内の瘴気も中和。これで瘴気は問題ない」 次々に告げられたことに、シンクが叫んだ。 「は!?ローレライの剣?それに瘴気の中和!?」 シンクはもう一度、ローレライの剣をまじまじと見る。 「それは随分前にローレライにもらったもので、第七音素を収束する力がある。 このあと、第七音素を大量に使う必要があるから、俺はここに第七音素を集めに来たんだ。 それと、その音素の一部を使って、俺の体内の瘴気を中和した。瘴気は第七音素と超振動があれば中和できるんだ」 シンクに助け起こされながら、説明をする。 シンクはしばらく何か考えていたようだが、少しして納得したように声を上げた。 「それと、マルクト軍の大量虐殺を防ぐため、か」 意味もなしにアンタが人を殺すわけがない、とシンクは頷く。 意味がないわけじゃないけど、正解だ、と俺も頷いた。 空に手を振って、ノエルに合図する。 アルビオールが降りてきた。 「待って下さい!」 乗り込もうとする俺達に、フリングス将軍が声をかけた。 「あなたたちの意図は分かりませんが、とりあえず私の師団を救ってくださったこと、感謝します」 丁寧に敬礼したフリングス将軍に苦笑する。 「俺が勝手に来ただけです。あなたは早く、 ジェイドと陛下にレプリカの軍のことを伝えに行った方がいいと思います。ああ、俺のことはどうかご内密に」 承知しました、と言ったのを確認して、俺達はアルビオールに乗り込んだ。 「ルークさん、今何があったんですか?」 上空から白い光を見ていたノエルが尋ねる。 「ま、ちょっとな。それから、次はダアトに頼む」 「分かりました」 はぐらかして、移動を頼む。 動き出したアルビオールの中で、とりあえず椅子に腰掛けた。 ミュウも道具袋から出してやる。 隣の椅子にシンクが座った。 「これが、あてか。で、次は何しに行くの?」 「もう一回、シンクに頼みがあるんだが、いいか?」 次の仕事は、なるべく迅速に行わなければならない。 場所はローレライ教団本部、だとすればシンクの力が必要になる。 「今更だし、もういいよ。で?」 先を促したシンクに頷して、説明を始めた。 「モースのスパイのこと、知ってるか?」 「アニス・タトリンだろ?知ってるよ。それでタルタロスを襲ったんだから」 そう、アニスがモースに知らせたせいなのだ。 そして、何もしなければ今度も、あの事件が。 そんなことはさせない。 「ああ。それで、あいつが次にすることを止めたい。 それでお前には、本部のどこかにいる、イオンとは別の、レプリカイオンを連れ出してきて欲しい」 「はぁ!?」 もう何度目になるか分からない、シンクの抜けた声。 しばらく目を瞬かせてから、どうしてそれが繋がるのかわからない、と続けた。 「モースはアニスに手引きをさせて、イオンを連れ出して惑星預言を詠ませる気だ。するとイオンは乖離してしまう。 それを止めるには、イオン当人と、保険のためにと生かされていたもう一人のレプリカイオンと、 アニスがモースを裏切れない原因、タトリン夫妻の全員を保護する必要がある」 俺が言ったことをまとめているのか、シンクはうつむいて考え込んでいる。 数分たったころ、シンクが微妙な感情を声に乗せた。 「もう何も言う気になれないよ。またかと怒ればいいのか、讃えればいいのか。はいはい、 分かったよ。僕はもう一人の兄弟を連れ出せばいいんだね」 「ああ、頼む。イオンとタトリン夫妻は俺が連れ出すから」 着いたら教えてくれ、と言って俺は目を閉じた。 瘴気は無くなったものの、大規模な超振動を使った反動で、かなり疲れている。 少しでも体力を回復するために、ダアトに着くまで寝ることにした。 ゆすぶられた気がして、目を覚ます。 「ダアトに着いたよ、ルーク」 少し体を伸ばして窓から覗けば、目の前に教会があった。 疲労感もだいぶ取れた。 これなら問題ないだろう。 「ノエルは機体をあの辺りの森に隠して待機しててくれ。何かあった時は全力で逃げろ」 「はい、ルークさんたちもお気をつけて」 ダアトから少しだけ離れたところを指して、アルビオールを降りる。 「道は分かる?」 「導師の部屋と、タトリン夫妻の部屋くらいならな」 それ以上の深いところとなると、俺にはまったく道が分からない。 だからシンクにもう一人のレプリカイオン――フローリアンを頼んだのだ。 「アルビオールで集合だ。気をつけろよ」 「アンタもね!」 裏口(シンクが知っていた)から入り、途中で別れる。 互いの無事を祈って、俺達は走り出した。 吊るされた細い糸 (踏み外せば、真っ逆さまに落ちて行く)