「おや、どなたですか?」

「貴方達の力を必要としている人がいるのです。どうか私と一緒に来て下さい!」

タトリン夫妻をつれて、イオンの部屋に向かう。

善良(過ぎる)な夫妻は、たったそれだけで俺を信用してついてきてくれた。

若干良心が痛むが、心の中だけですみませんと謝って、先を急いだ。

「? こちらは導師イオンのお部屋では?」

「導師にもお話があるのです」

譜陣に乗って、合言葉を唱える。

一瞬でイオンの部屋の近くまで移動し、辺りに誰もいないことを確認して、扉をノックする。

「はい、どなたですか?」

よし、イオンはいるな。

扉をあけると、驚いた顔のイオンがいた。

「ルーク!それに、タトリン夫妻!?どうしてここに……」

書類処理をしていたらしいイオンは、座っていた椅子から立ち上がった。

「私どもは……」

「イオン、来てくれ。わけは後で話す」

タトリン夫妻を遮って、イオンに手を差し出した。

少し迷った後、イオンはその手を取る。


遠慮したイオンを背負って、時々ちゃんとタトリン夫妻がついてきているのを確認しながら走った。

「ルーク、どこに行くんです」

「教会の外」

イオンの質問に端的に答えて、引き続き走る。

シンクと別れたところまで戻ってきて、ノエルに命じた森までやってきた。

森の中に入れば、アルビオールはその大きさでも色でも目だつ。

すぐに見つけて、駆け寄った。

「アルビオール!?」

「まあ、大きな音機関ですね」

イオンの驚いた声と、タトリン夫妻の抜けた声を背に、声をかけた。

「ノエル、開けてくれ」

すると、アルビオールのステップが降りてくる。

昇る前に、機体からシンクが顔を出した。

「遅かったね、ルーク」

「お前が早すぎるんだ、シンク。ちゃんと連れて来たな?」

確認すると、シンクが当然とばかりに頷く。

「シンク、なぜここに……」

「まあ、シンク謡士ではないですか。お久しぶりです」

もう顔が驚きっぱなしのイオンと、やっぱり抜けている夫妻に、乗るように促した。

そこには、ちょこんと座ったフローリアンがいる。

さすがに混乱する三人をよそに、ノエルに発進するように頼んだ。

「ここから西、やや南に進んでくれ」

地図を確認したノエルが首をかしげた。

「その辺りには、山しかありませんよ?」

「隠された町があるんだ。そこへ行く。近づけば分かる」

「分かりました」

了承して、アルビオールは発進した。

シンクも地図を見て、首をかしげている。

「隠された町なんかあるの?僕も初耳なんだけど」

「一ヶ月前に助けて貰った漆黒の翼のアジトだよ。話は通してある」

「へえ」

相変わらず手が早いね、とシンクは感心する。

「あの、ルーク、僕は、それにこの人は……」

全く現状が分からず、イオンが戸惑っている。

シンクにフローリアンと夫妻を見ているよう頼んで、俺はイオンと向き合った。

「こうして向き合って話すのは、久しぶりだな、イオン」

「……はい」

俺が真剣なのが分かったのか、イオンもまっすぐ俺を見た。

「俺は、お前がレプリカなのを知っている。お前以外、殆ど廃棄されてしまったことも」

イオンと、そしてシンクとフローリアンがびくついた。

「シンク、仮面を外せ」

「仕方ないな」

俺に言われて、シンクはしぶしぶ仮面を外した。

その顔を見て、イオンはまた目を見開く。

「改めて初めまして、成功作の七番目。僕は失敗作の六番目だよ」

シンク、と咎めるように呼んだ俺に、シンクは短く分かってる、と返した。

「そこにいる、フローリアンも、お前と同じレプリカだ。確か三人目だったか……」

記憶をたどっていると、当のフローリアンが首をかしげた。

「ふろーりあん?」

「ああ、お前の名前だよ、フローリアン」

そう言ってやると、フローリアンは嬉しそうに自分の名前を連呼していた。

タトリン夫妻がその光景を微笑ましそうに見ている。

「古代イスパニア語で“無垢なる者”か。アンタにしてはまともなネーミングだね」

「失礼な、と言いたいが、考えたのは俺じゃない……」

かつては仲間だった人形士だよ、と心の中で続けてから、再びイオンに向き合う。

「あのままだと、お前はモースに惑星預言を詠まされて乖離していた。

けど、お前だけ連れ出しても意味が無かった。その意味は、分かるな?」

言われたイオンは、フローリアンとタトリン夫妻を見て、悲しそうにうな垂れた。

多分、アニスのことを考えているんだと思う。

「……はい」

少しして返された返事は、沈痛なものだった。

だが、反面少し嬉しそうにも見える。

アニスが裏切らなくてもいいのが、嬉しいのだろうか。

「俺が連れ出した理由は終了。お前は何か聞きたいことはあるか?

今なら、答えられるものには答えてやる」

多分、山ほど聞きたいことがあるだろう。

イオンは顔を上げて驚いて、逆にシンクは怪訝そうに聞いた。

「いいの、ルーク?」

「ああ。もう、時間、無いしな」

俺の言葉にイオンは首を傾げたが、シンクは僅かに顔をしかめた。

「あの、では……ルークはヴァンの仲間ではありませんよね?」

シンクをちらりと見ながら言う。

そのイオンの質問には、シンクが答えた。

「僕はとっくにヴァンから離反してるよ。今は諸事情でルークについて行ってる。

やってることは主にヴァンの妨害。ヴァン側のわけが無いよ」

それにイオンはとてもホッとした表情を見せた。

それから質問を続ける。

「外郭大地降下の際、どこのセフィロトも、既に操作が行われているとジェイドが言っていました。

ルーク、あなたが?」

「ああ。ダアト式封咒は解けないから、超振動で横穴を開けて入った。

パッセージリングを起動させるための力も、ローレライから授かっている」

「ローレライ!?ルーク、あなたはローレライと繋がりが!?」

あの未確認意識集合体と、と小さく呟く。

「ああ。あいつのおかげで、俺は惑星預言の続きも知っている。だからお前は決して惑星預言を詠むな」

「ちょっとルーク、僕、それも初耳なんだけど。惑星預言の続きって何さ」

会話にシンクが割り込んだ。

一瞬言いかけたが、ここにいるメンバーを思い出して留める。

「決していいものじゃない。どうしても知りたいなら、お前には後で教えてやるよ」

その言葉にシンクはちょっと不満げなまま引き下がり、イオンは悲しそうな顔をした。

「僕には、教えてくれないんですか?」

「惑星預言は悲しすぎる。優しいお前が聞いても傷つくだけだ」

「それでも、僕は知りたいんです」

イオンが真摯な目で俺を見る。

惑星預言は終末の預言。

その先には滅亡しか待っていない。

聞いても何も出来ないイオンが、無茶をしないとも限らない。

俺はこの先の戦いにイオンを関わらせるつもりはないのだから。

だが、知らなければそれはそれで、知りたいと無茶をするのだろうか。

少し考えてから、その考えをまとめて、一つ息をついた。

「詳しいことは言わない。大まかなことだけ教えてやる。

預言どおりに進むと、オールドラントはND2040を迎える前に、滅ぶんだ」

これにはシンクも驚いたのか、息を呑む音がする。

イオンは顔を真っ青にしていた。

「俺はそれを変えるために動いている。結果的に、あっちのメンバーもそのために行動している」

「どうしてそれを皆さんに教えないんですか?」

「……罪を背負うのは、俺だけでいい」

呟くようにいった言葉は、思ったより無感情なものになった。

シンクは俺がこれからすることに見当をつけたのかもしれない。

眉間に皺を寄せていた。(アッシュみたいだ。そう言ったら怒るだろうが)

イオンはどこでどう繋がるのか、分からないみたいで、でも悲しそうに顔を歪めている。

「どうして、世界を救うのが罪になるんですか」

「世界を救うためには、大勢の人を殺さなければならなかったからだ」

過去形なのは、俺が既に大量の人間、レプリカの命を食らっているからだ。

レプリカの人柱によって、この世界は救われる。

その罪を背負うのは、俺だけでいい。

レプリカ世界を作ろうとしているヴァン師匠とも、けりをつけなきゃならない。

師匠の命を背負うのも、俺だけでいい。

綺麗ごとかもしれない。

それでも俺は、少しでもみんなに、後悔のない生を生きて欲しかった。

その願いにだけは、“みんな”に“俺”も含まれている。

俺が、もう後悔したくないから、この道を選んだのだ。

俺の言葉を聞いたイオンは、途端に泣き出した。

「そんな、そんなことって……っ!それじゃ、ルークは……ルークは誰が救うんですか!」

泣きじゃくったまま、俺に飛びつく。

「たった一人で、全部背負って、世界を救って……ルークは、あなたは……っ!」

その背をなでながら、あくまで俺は穏やかに言った。

「一人じゃない。ミュウも、シンクもいる。死さえ、もう怖くはないよ」

しばらく、イオンが大泣きする声が響いた。

タトリン夫妻がイオンを宥めようとしたり、フローリアンが首を傾げていたり。

シンクが顔を顰めたまま黙っていたり、小さくノエルのしゃくりあげる声を聞く中。


イオンはただ、俺にしがみついて泣いていた。


涙の価値
(温かくて、優しくて、哀しくて)