泣き疲れて眠ってしまったイオンを抱えて、着いたナムコ島に入った。 「うわー、本当に空から来た」 出迎えたヨークが口をあんぐりとあけながら言った。 「頼んでいた用意は出来てるか?」 「ま、頼まれたのが半月ほど前だったからな。万端さ」 「助かる」 ヨークに案内されるままに、ナムコ島に入る。 タトリン夫妻とフローリアン、シンクまでがきょろきょろしながら歩いていた。 俺の目から見ても、譜業が進化している。 これはここにつれてきたスピノザのおかげだろうか。 そして、一つの部屋に着いた。 「ほれ、ここだよ。アンタに言われた通りの譜陣を引いてある」 「何の譜陣?」 見たことない、とシンクが呟いた。 「ローレライに教わった譜陣だ。ダアト式譜術を封じるための譜陣だ」 「ああ、そいつの逃亡防止用か」 頷いて、用意されていたベッドにイオンを寝かせる。 赤く腫れた目元が、少し痛々しかった。 「泣かせるつもりは、なかったんだけどな」 「あんな話を聞いたら、この甘ちゃんが泣くことくらい予測しときなよ」 そうかもな、とシンクに苦笑する。 「タトリン夫妻、ここでイオンとフローリアンの身の回りの手伝いをして下さい」 「イオン様のためなら」 頼みます、と頷くと、急に背に衝撃を感じた。 振り向くと、さっきまで走り回っていたフローリアンだ。 「お兄ちゃん、出かけるの?」 「……ルークだ」 戸惑いを感じて、一応名乗る。 「ルーク、早く帰ってきてね」 フローリアンはあくまでにこにことしながら言った。 色んな感情が複雑に混ざり合って、フローリアンの頭をなでるだけにした。 「元気でな、フローリアン」 それから、眠っているイオンに顔を向けて。 お前の代わりに、俺が未来を繋ぐから。 だから。 「……さようなら、イオン、―――」 それだけ告げて、シンクと共に部屋を出た。 「それじゃ、後は言っておいた通りに頼む」 「了解。あいつらは部屋から出さないように食事を運んで、世話して、 マルクトからあんたの手紙を持った使者が来たら解放する、だったね」 「ああ」 ノワールに報告に行く、というヨークと別れて、アルビオールの方に戻る。 人がいなくなったところで、シンクが聞いた。 「ここならいいだろ。惑星預言、聞かせてよ」 約束だろ、とシンクが詰め寄った。 分かった分かった、と言って、辺りに人がいないことをちゃんと確認してから、口を開く。 「2018までは知ってるな?2019から詠むぞ。と言っても二年しかないが…… “ND2019、キムラスカランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。 軍は近隣の村を蹂躙し、要塞の都市を囲む。やがて半月を要して、これを陥落したキムラスカ軍は、 玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄たけびをあげるだろう。” “ND2020、要塞の街はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。 ここで発生する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。これこそがマルクトの最後なり。 以後十数年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、 やがて一人の男によって国内に持ち込まれるだろう。これこそがオールドラントの最期なり”。以上だ」 しばし、沈黙が流れる。 「……そう、預言に頼り続けた人類は、滅ぶ運命にあったんだね」 「ああ。でも世界は変わろうとしている。人は変えようとしている。 預言は選択肢の一つ、人間は、未来を選ぶことが出来る」 預言に翻弄され続けてきたシンクは複雑そうだ。 「僕らは預言に詠まれなかったレプリカ。それでも、こうして生きている……」 「そうだな。それも、未来は一つじゃない証拠だと俺は思っている。いや、信じている」 未来は選べる。 それは、俺が今ここにいること自体が証明していると思う。 全く同じ過去から、全く違う未来を歩んでいる。 選んだ未来で、生死が別れている人もいる。 自分で道を掴み取ることは、酷く不安で、不確か。 それは可能性そのもの。 だから、望めば、願えば、掴み取ることは決して無理なことじゃない。 人間だって、それこそ意識集合体だって、きっと完璧じゃない。 間違うこともあるだろう。 それでも、俺達が迷った末に行き着く先は。 未来への道が続いていると、信じている。 「さて、行くか。まだ、終わりじゃない」 「そうだね」 俺はそう遠くない内、その道半ばで立ち止まってしまうけど。 俺の代わりに、歩き続けてくれる人たちがいるなら、それでいい。 アルビオールに戻ると、ノエルが点検をしていた。 「あ、お帰りなさい、ルークさん、シンクさん!」 「ノエル、出発、出来るか?」 「はい!」 ノエルの目の端が少し赤い。 さっきの話を聞いて、彼女も少し泣いてしまったのだろう。 かける言葉が分からなくて、代わりに行き先を告げた。 「次は、グランコクマだ」 「分かりました」 終わりの時までは、立ち止まっていられない。 これから、最大の仕事が待っているのだ。 左腰につけた、ローレライの鍵を握る。 瘴気の、中和だ。 選んだ道と、辿る道 (少なくとも、この道は俺が選んだ、俺の生きた証だ)