グランコクマに着いて、シンクを置いて宮殿に入った。

さすがに仮面をつけたまま、陛下に謁見するわけにはいかない。

外したら外したでひと悶着待っているだろうし。

渋々残ったシンクと別れる。

今の時期、確かジェイドはみんなと……そろそろダアトに行っているころ。

と、そう思ったとき、あることに気づいた。

場所がダアトということは、あれもそろそろだ。

謁見の旨を兵士に伝えようとした時、辺りに瘴気が立ち込める。

俺の体内瘴気はもう浄化されているから何の悪影響もなかったが、兵士達は当然慌てだした。

ある意味いいタイミングかもしれない。

「陛下に伝えてくれないか。この、紫色の空気について、お話があります、と」

兵士は怪訝な顔をしていたが、俺の顔をまじまじと見た瞬間、ビッと敬礼して走っていった。

もしかしたらアッシュと勘違いしたのかもしれない。

まあ、ちょっと利用させて貰おう。

一応、心の中で謝っておく。


「お前はアッシュじゃない。ルークだな」

「さすが陛下」

やはりアッシュと報告を受けていたらしいが、陛下は平然と、むしろ嬉しそうに俺を当てた。

「久しぶりだな。アスランを助けてくれたと聞いたぞ。感謝する」

そばに控えていたフリングス将軍が一礼した。

「いえ、俺が勝手に行ったことです。礼を言われる必要はありません」

「助けてくれたことに変わりはない。ありがとう」

この人も本当に相変わらずだな。

「それで、何の用だ?この紫色の空気、瘴気だったか、についてらしいが」

「俺はこれから、この瘴気を中和しに向かいます。

その代わり、これから世界に現れ始めるレプリカたちを保護して欲しいのです」

騒ぎ立てようとした周りを、陛下が睨み一つで黙らせた。

それからふむ、とあごに手をやる。

「この瘴気は世界中に蔓延しているだろうと、うちの科学者たちは結論付けているんだが、

それを全て中和など出来るのか?」

「その通りです。しかし、方法はあります。それをお教えすることは出来ないのですが……」

「貴様、陛下に何たる無礼な!」

思わず声を上げた大臣に、周りの者たちも頷く。

陛下とフリングス将軍、ゼーゼマンさんだけが、俺をじっと見ていた。

「それはなぜだ」

問いには、皇帝としての威厳が漂っている。

少し考えてから、俺はこう告げた。

「それはとても汚れた方法です。そのようなことで陛下の耳を汚したくはありません」

「民を救うためなら、俺はいくらでも汚れられる。話せ。これは皇帝命令だ」

顔を上げることはできないが、多分陛下の目には覚悟の意思が宿っている。

あまり、この方法は言いたくはないのだが。

二国の片国くらいは、知っておいた方がいいだろうか。

意を決して、述べた。

「大勢のレプリカを構成する大量の第七音素と、俺の超振動を使って瘴気を中和します」

その言葉に、波紋が広がった。

曰く、また大量殺人を、とか、可能なのか、とか、大勢のレプリカだと、とか。

だが、陛下はそれらと全く違うことを俺に聞いた。

「お前は?」

「え?」

意味がよく汲み取れず、聞き返す。

「お前は、それを行った後、帰ってくるのか」

多分、生きて、がその前につくのだろう。

「……俺は平気です。ですが、もうここグランコクマを訪れることはないでしょう」

一応、嘘は言ってないのだ。

レムの塔で死ぬ気はない。

だが、その後の戦いで、多分俺は乖離する。

だから、もうここにくることは出来ない。

謁見の間を、しばらく沈黙が漂った。

視線、とくに陛下のじっと俺を見る視線が少し痛い。

「ばかだな、お前はたったの七歳児だろうに」

ジェイドから、俺が生まれた年の報告でも受けたのだろうか。

「俺が選んだ道は、これです」

陛下の視線に、憐憫とか、そんな感情が混じったのを感じる。

陛下はとても聡いから、きっと気づいたのだろう。

俺は“生きて”はここに帰ってこないことに。

「すぐには弊害は出ませんが、瘴気を長い間吸っていると、お年寄りや子ども、

体の弱いものから徐々に侵食されてきます。陛下、どうかご決断を」

少しでも被害を減らしたい。

そのために、こんなに早く行動を起こしているのだ。

じっと待っていると、陛下は大きなため息をもらした。

「分かった。この瘴気が消えた暁には、レプリカの保護を行うと、

ピオニー・ウパラ・マルクト九世の名において約束する」

「ありがとうございます」

「全く、七歳児や零歳児の子どもの人柱で救われる世界なんて、碌なもんじゃないと思うがな」

こんな時は皇帝という職をうらむよ、と陛下は呟いた。

「それでも、人は生きて、国を守り、世界はめぐっています。私たちは……私達の屍で、国を作ります」

それは遠い日に言われた、俺に焼きついた言葉。

それに息を呑んだのは、多分陛下だけじゃない。

最後にと、陛下はこれが俺の独断であることを確認した。

俺がそれに頷くと、少し間をあけて陛下が口を開く。

「時間、無いんだろ。もう行っていい」

酷く重く、その言葉は告げられる。

「あ、もう一つだけ」

そう言って手紙を近くにいた兵士に渡す。

「これを、全てが終わったと、陛下が考えられた時に、お読みください」

全てが、を強調して告げる。

兵士経由で手紙を渡された陛下は、それをまじまじと見た後、分かった、と頷く。

「それでは御前、失礼します」

許可も得たし、と、ゆっくりと引き下がった。

扉を出るとき、背に声を受ける。

「済まない」

返事はせずに、宮殿を出た。


空は、紫色によどんでいる。


人として、王として
(俺にできること、あなたにできること)