宮殿を出て、シンクと合流した。 「ルーク、これ瘴気じゃん!何なのさ、一体」 「まあ、ヴァン師匠の仕業ってところだ」 「はぁ?」 ヴァンが何で瘴気なんか作ると、とシンクは首をかしげる。 別に作ったわけじゃない、と苦笑した。 「行動の結果が、みんなが封じ込めた瘴気を引きずり出した、が一番正確か」 「早い話がとばっちりか」 「そうとも言う」 シンクは呆れ顔だ。 「で、アンタはこれをどうにかするためにどうするの」 「もちろん、まずはアルビオールに戻る」 そりゃそうか、とシンクが小さく笑った。 ノエルに、ここに行ってくれと地図を指差して示す。 そこはまた地図に載っていないところだが、ナム孤島のこともあるし、とノエルは快諾してくれた。 その場所を見て、シンクが声を出す。 「あれ、そこって……」 「お前は知ってるだろ?」 「そんなとこに何の用が……あっ!」 どうやら思いついたらしい。 それから、そうか、と納得したような声を上げて、操縦席から離れた。 場所は、アリエッタの故郷、フェレス島。 移動しているその島を見つけ、やはり何かあったらすぐに逃げるようにノエルに言って、奥に進んだ。 「まだここにいんの?レプリカたち」 「計画が早まったりしていなければ……」 ここにはレプリカを作る大きなフォミクリー装置がある。 ヴァンの拠点の一つであったから、シンクも何回も来たことがあるはずだ。 道を知っている俺にシンクは軽く驚いていたが、もう突っ込まないことにしたようだ。 一番奥に行くと、やはり大きな建物がある。 中に入って、大声を上げた。 「いるんだろ、レプリカたち!答えろ!」 反応が無かったが、少しして、バラバラとレプリカたちが出て来た。 その中に、フリングス将軍や、イエモンさんのレプリカはいない。 いいことなのだけれど、少しだけ複雑な気持ちだった。 「誰、だ」 抑揚のない質問は、マリィさんのレプリカからだった。 「俺は……俺は、ルーク・フォン・ファブレという人間の、レプリカだ」 「僕もせっかくだから名乗っとこうか。導師イオンのレプリカ、シンク」 同じレプリカということで、少し安心したのだろうか。 若干警戒の気配が緩む。 「同胞が、何の用だ」 「……お前達に問いたい。お前たちは、何のために生きている?」 「我らを、必要としてくれている、モース様の、ためだ」 ああ、やっぱり刷り込みは健在か。 その言葉を聞いて、嫌そうにシンクが吐き捨てた。 「モースなんて、あんたらのこと、ゴミ屑にしか思ってないよ」 「そんなことは、ない。あの方は、我らを必要としてくれている」 ますますシンクは不機嫌そうになった。 「じゃあ、もし、もしだ。もしモースがあんたらを捨てたら、どうする?」 しばらくマリィさんは黙り、辺りの僅かに自我があるらしいレプリカたちがざわめいた。 「……することは、ない。我らにはモース様しかいない」 「反吐が出るね」 「シンク、でもそれはアクゼリュスまでの、ヴァン師匠に対する俺と同じなんだよ」 たった一つの何かに依存する。 それは、依存した何かを失ったとき、酷く脆くなるのだ。 俺が身をもって体感している。 「でも、あんたは変わったろ?」 「ああ、だから俺は……貴方達に、生きていて欲しい!」 全員に聞こえるように、声を上げた。 「俺はこれから、被験者たちのために死にに行く。 その代わり、お前達の保護を、マルクトの皇帝に頼んできた。 行く場所が無くなったら、マルクトのグランコクマに向かえ。そして、俺の分まで生きろ!」 死、の部分でシンクが少し震えた。 「なぜ、傲慢な被験者のために死にに行く、同胞よ。 生まれたからには、我らは自由だ。被験者などに縛られる必要は無い」 「ああ、俺は自由だ。俺の意思で、死にに行く。俺の屍で、お前達の居場所を、国を作る」 だから生きろ、と声を張り上げる。 もしかしたら、俺の言葉に一番反応したのは隣のシンクかもしれない。 マリィさんと、周りの何人かの(多分自我が芽生え始めている)レプリカが話している。 俺はその間、じっと他のレプリカたちを見ていた。 俺と同じ、でもまだ生まれたてのレプリカたち。 その心は真っ白で、汚れがない。 赤ん坊のような同胞。 レムの塔で、次々と消滅していった彼らを思い出す。 やはり、これは俺の傲慢なのだろう。 生きていても、レプリカだと蔑まされるのかもしれない。 虐げられるのかもしれない。 それでも、生きていて欲しかった。 俺の代わりに、未来に繋がる道を歩いて行って欲しい。 やがて結論が出たのか、マリィさんが俺を向いた。 「モース様は、我らを見捨てない……だが、行く場所が無くなったとしたら……そのようにしよう、同胞」 そう言って、彼らはいなくなって行った。 俺達もそこを立ち去って、アルビオールに戻りながら話す。 「すごく不愉快だよ。あれが、レプリカなのか。あの、死体のような目が!」 シンクは不機嫌全開だった。 「俺だって最初はあんなんだったさ。 ただ、周りに人間がいた分、好奇心とかが刺激されて、赤ん坊に近かっただけで……」 言いかけた俺を遮って、シンクはまた怒る。 「それより不愉快なのはモースだ! 僕はよく覚えてる。ザレッホ火山に落とす時の、あいつの僕をゴミのように見る目!」 思い出したのか、シンクが八つ当たり気味に近くの壁を蹴った。 「僕たちは人間だ、意思を持って生きる人間なんだ!」 意思のない人形じゃない、とシンクが叫ぶ。 「そうだ。人間なんだ、生まれた時から明確な意思を持ってるわけじゃない。あるのは生存本能だけだ。 生きて、生きて……そして成長して、人間は自分の道を歩み始める」 「魔物もですの!」 空気を読んで遠慮していたのか、ミュウが道具袋から叫んだ。 本人曰く、ここのところ移動が多くて突っ込まれっぱなしで、若干運動不足らしい。 だが、まだ当分自由にはさせてやれないかもしれない。 謝罪代わりに、そうだな、と頷いた。 「ルーク、僕決めた。アンタの戦いを見届けた後、僕はレプリカたちに生き方を教えるよ」 しばらく憤慨していたシンクの提案に、え、と俺は声をあげた。 「少なくとも、僕は彼らより二年分年上だ。 僕は同じレプリカとして、あいつらが勝手に生まされて勝手に殺されるのには耐えられない」 それはまさしくシンクがされたことだ。 「だから、僕は先に人間になったものの義務として、あいつらが人間になるまで、育てる」 それが僕に出来ることだ、とシンクは続けた。 唐突だけど、とても嬉しい考えだった。 それと同時に、前回のシンクじゃまるでありえないような考えに、軽く笑う。 「何さ」 「いや、頼もしいな、と」 本当に、頼もしかった。 レプリカたちを育てるのが、既に十分自我が芽生えているシンクなら、安心できる。 今回はイオンも生きている。 自我が芽生え始めているレプリカも前回より多い。 前回より、ずっとレプリカたちはよく生きられるかもしれない。 心残りが、一つ減った。 「頼むよ、シンク」 「言われなくても!だから安心してあんたは瘴気中和に専念してよね!」 そう叫んでずんずん歩いていくシンクの背中は、まるで弟が出来た兄みたいだ。 あながち間違ってないか、とその背を追いかける。 ばしん、とシンクの背中を叩いて、笑ってやった。 繋がれた意思 (未来へ生きていく人たちへ、どうか幸せに)