夜明け、名残惜しそうに見送るノエルを置いて、俺達は塔を昇る。

正確には、昇降機。

あの時も使えたら楽だったのに、と心の中でぼやいた。

「そうだ、シンク。お前は上まで昇ったら、すぐに二階くらい下っとけよ。

レプリカだから、俺の超振動に巻き込まれる危険がある」

「しょうがないね。チーグル、代わりによく見ときなよ」

「はいですの!」

ミュウは久しぶりに長く外にいられるのが嬉しいのか、元気よく返事した。

昇降機はぐんぐん昇る。


円形の、広く、空の近い塔の屋上。

ここから見える空は、一面紫だ。

「じゃあ、精々死なないように頑張りな」

「分かってるよ」

シンクが昇降機で降りていく。

ミュウに端っこで待っているように言った。

「ご、ご主人様、頑張ってですの!」

「ああ。よく、見ておけよ、ミュウ。お前は最初で最後の観客だ」

昇降機が止まった。

シンクが降りたのだ。

しばらく空を見上げてから、意を決して剣を前に掲げる。

そして、力を込めた。


色んなものが頭を駆け巡った。

あれ、これって走馬灯ってやつか。

まだ死ぬつもりはないんだけどな。

しばらくそのイメージを感じていると、走馬灯とは違うことが分かった。

だって、泣き崩れているイオンが見える。

最初がイオンなんて、嬉しいんだか悲しいんだか。

多分これは、世界中に散らばった第七音素が見ている光景だ。

ノワールたちがイオンに食事を運んでいる。

ピオニー陛下とフリングス将軍が、一緒に外を見ていた。

イエモンさんたちが、とんてんかんてん仕事に励んでいる。

インゴベルト陛下が、私室で頭を抱えているのが見えた。

ローズさんが、たくましくエンゲーブで農夫たちに指示を出している。

父上と母上が、寝室で何か話しているようだ。

マクガヴァン元帥に、マクガヴァン将軍。アスターさんにシュウ先生。

テオドーロさんに、トリトハイムさん。

ああ、あれはフローリアンとタトリン夫妻か。それにネフリーさんやスピノザ。

前回も含めて、たくさん助けてくれた人たち。

あれ、あそこにいるのはヴァン師匠たちか。

消えたエルドラントを見て呆然としているヴァン師匠にリグレット、ラルゴ、アリエッタ、

ディストとおまけにモースだ。

終わって、生き残ったら、あそこに向かわなくては。

次に、ギンジさんが見えた。

あそこはどこだろう?

あの整然とした、でも活気のない町並みはフェレス島、だろうか。

視線は動いて、ちょうどフォミクリー施設との間くらいに。

ああ、みんなだ。

眉間に皺を寄せたアッシュと、きびきびしたナタリア。

焦っているように見えるアニスと、珍しく困惑したようなジェイド。

イライラしてるっぽいガイに、辛そうな顔をした、ティア。

この世界でみんなが息づいているのを感じる。

今、俺の力が世界を覆っている。

これが世界、俺が世界、みんなが俺の世界だ。

ああ、視界がここまで帰って来た。

多分、一通り世界を一周したんだろうな。

不安そうに祈りを捧げているノエル。

見えないことにいらだっているのか、睨みつけるように天井を見ているシンク。

泣きそうな顔で、でも必死に俺を見守っているミュウ。

そして、剣を掲げて光に包まれた俺。

俺を俺が見ているってへんな気分だ。

前にもアッシュの中から見たっけな、とどこかで笑う。

さあ、やるぞ。

イメージも視界も何もかも、真っ白になった――。


明るい何かに包まれている気がして、意識が覚醒した。

開かれた視界いっぱいに、綺麗な青い空。

ゆっくりと起き上がって、辺りを見回す。

超振動のせいで、あちこちちょっとへこんだり歪んだりしていた。

起き上がった俺に、ミュウが飛びついてきた。

「ご主人様!」

昇降機が上がってくる音がする。

「ルーク!」

俺の姿を確認したシンクが、ほっと息を吐いた。

「成功したんだね?」

「ああ、何とかな」

手をひらひらさせて、無事を示す。

その手が、急に二秒ほど透けた。

シンクが息を呑む。

「……もう来てるか」

「ルーク、それ……」

「乖離の前兆。急がないとやばいな」

ルークはミュウを抱えて立ち上がった。

「瘴気中和の原因を探して誰か来るかもしれない。すぐに発とう」

「……ああ」

急いで昇降機を降りる。

ちょっと複雑に嬉しそうな顔をして出迎えてくれたノエルと共に、塔を発つ。


空は、どこまでもどこまでも青かった。


世界はどこまでも深く、愛しい
(たくさんの大切な人達が生きている、この世界)