飛び上がったアルビオールの中で、俺は次の行き先を告げた。 「あの巨大な建物があったあたり、ですか?」 「ああ。そこにヴァン師匠たちがいるはずだ」 「で、なくなったエルドラントに呆然としてるって?」 「多分、その通りだよ」 シンクと軽く笑いあう。 師匠たちの最後の砦となるはずだったエルドラントは、瘴気中和の材料になってもらった。 了解しました、とノエルが操縦桿を握る。 「まさか今日いきなり戦ったりはしないだろ?」 「ああ。今日は宣戦布告だけだ。決戦は明日」 「明日……」 シンクが復唱する。 「ああ、明日、全てが終わるよ」 全ての決着と、俺の命が。 その言葉に、機内は静かになる。 そんなつもりで言ったんじゃないんだが。 エルドラントがあった辺りには、言い争いをしているヴァン師匠とモースがいた。 「ほんとにいたよ」 「シンク、お前はどうする?」 シンクは離反してから、まだ一度もヴァンと話をしていない。 少し考えてから、シンクは首を振った。 「明日にする。いきなり出て驚かせてやるさ」 「じゃあ、アルビオールの中にいろよ」 「ああ」 見つからないように、外から陰になるところにシンクは座り込んだ。 「ノエル、ヴァン師匠たちから少し離れたところに頼む」 「分かりました」 ノエルが俺の行ったとおりの場所に着地すると、当然だが緊迫した空気が漂った。 「誰だ!」 「……お久しぶりです、師匠」 降りてきた俺に、師匠は嘲笑のような微妙な表情を浮かべた。 「まだ私を師匠と呼ぶか、ルークレプリカ」 「ええ、あなたは俺にとってずっと師匠ですよ。 俺に剣の基礎を教えてくれたのは、紛れもなく師匠なんですから」 言い切った俺に、師匠は若干不快そうな表情を浮かべた。 「それで、私に何の用だ。今まで細々と私の邪魔をして」 「宣戦布告をしに来ました」 途端、六神将が身構えた。 ちなみにモースは最初からずっと置いてけぼりである。 「決着を着けましょう。明日、南のレムの塔で待ってます」 「私がそれに応じる必要がどこにある」 「俺は、師匠たちが作っていたレプリカホド、エルドラントの行方を知っていますよ」 「貴様!あの栄光の大地をどこにやった!」 俺の言葉に真っ先にかみついてきたのはモースだった。 俺はその言葉を無視して、まっすぐ師匠を見る。 しばらくにらみ合っていたが、師匠が大きく頷いた。 「いいだろう、決着をつけてやる」 「閣下!」 「いい、リグレット。アッシュとの決戦の前に、こいつに引導を渡すのも悪くない」 叫んだリグレットを、師匠が制する。 俺は前座扱いか、と小さく笑った。 「了承しましたね。今日の用はこれだけです。では」 俺はそれだけ言うと、さっさとアルビオールに乗って飛び立った。 下には、怒り狂ったモースや複雑な顔をしたヴァン師匠たちがいる。 「笑えるね。あの豚の怒り狂った顔!」 少し離れたころ、シンクが立ち上がって大笑いした。 どうやら笑いをこらえていたようだ。 「まあ、おかしなものではあったけどな……」 俺も小さく笑った。 「それで、明日まではどうします?」 ノエルに聞かれて、俺は考える。 瘴気中和をしたし、今日もゆっくり休みたい。 バチカル、最初から眼中になし。 グランコクマ、あれだけ言って戻るのも気まずい。 シェリダン、行くとなんだか悲しくなりそうだ。 そこまで考えてから、あ、と俺は声をあげた。 そういえば、体内瘴気を中和してから、シュウ先生に会いに行ってない。 これが最後だし、報告しておかないと。 「ベルケンドに」 「分かりました」 「あの医者のところか」 「ああ、報告しておかないと」 瘴気は、治ったと。 「ねえ、聞くけど、さっきのあれ、何?」 シンクが俺の腕を差した。 ああ、俺の腕が透けていたことか。 「音素乖離の前兆。瘴気中和で、見ての通り俺は生き残った。 だけど、その反動はやっぱりとてつもなくでかいから、 音素結合が不安定な俺の体は、序々に乖離していくんだ」 「それが、直接の死因?」 「そうだな、俺の体が万全だったら、ローレライの解放でも生き残っていたのかもしれないし」 一度も試したことはないから、確証はないが、と補足した。 「……これで、アンタが僕に隠していたことは、殆どだよね?」 「ああ」 本当に、これでシンクには殆ど話したことになる。 強いて言うなら、これが二回目、だということぐらいだろうか。(それが全ての始まりではあるのだが) シンクは聞く気はないらしい。 分かった、と頷いて、それだけだった。 ベルケンドが近づいてきて、俺は降りる準備を整える。 瘴気は治っているけど、今度は乖離で心配されるだろうな、と一人ごちた。 アルビオールに残るというノエルを置いて、俺とシンクとミュウはベルケンドの研究所に。 いきなり来た俺にシュウ先生は驚いていたけど、顔色のいい俺をみて笑顔を作った。 「本当に瘴気を治したみたいだね」 「ええ、あては成功しました」 「ほんとに荒療治だったけどね」 方法を思い出して、シンクが肩をすくめる。 別にいいだろ、と笑いながら言ってやった。 「一応、検査してもいいかい?」 「あー、いいですけど、多分良くないですよ」 歯切れの悪い俺と、黙るシンクに、シュウ先生は首をかしげた。 検査の結果、もちろん俺は音素乖離を起こしていた。 「君は……っ」 さすがにシュウ先生も言葉がないらしい。 「いいんです。俺はここを目標として歩いてきたんですから」 そして、ちゃんとたどり着くことができたと笑う。 「……君も、承知済みかい?」 手を握り締めて、シュウ先生はシンクに顔を向ける。 シンクは小さく頷いた。 沈黙する二人をよそに、俺は立ち上がった。 「今までありがとうございました、シュウ先生」 そして、礼。 これは本当の気持ちだ。 たくさん助けて貰った。 本当なら、お礼をいいたい人はたくさんいるんだけど、時間がそれを許さない。 だから、他の人へのお礼は瘴気中和ということにしておこう。 「行くぞ、シンク」 背を向けて、部屋を出る。 「さようなら」 先生にも、一つ別れの言葉を告げて。 二人でアルビオールに戻りながら、シンクがふとしたように呟いた。 「僕には、何も言わないわけ?」 「お前には、最後の最後に、ミュウと一緒に言葉を残すよ。楽しみにしとけ」 俺は笑ったが、シンクはちょっと嫌そうにした。 「チーグルと一緒くた?」 「ミュウですの!」 「あーはいはい、ミュウね」 適当に答えながら、シンクは一応、楽しみにしておくよ、と返した。 「それで、今日はどこで寝るの?」 「そうだな……ベルケンドで寝るのは何となくまずい気がするから…… どっか適当な島で着陸して貰って、また野営するか」 「また?」 「その方が、みんなといられるだろ?」 シンクはしばらく黙ってから、あっそ、と返した。 アルビオールまで戻って、ノエルと合流。 整備をしていたのか、機体の中にもぐりこんでいたノエルが顔を出して、俺の希望に頷く。 レムの塔に程近く程よい大きさの島で、アルビオールは着陸した。 ノエルは最後だからとちょっと悲しそうな顔で告げて、アルビオールの整備をしている。 俺はミュウと一緒に火を眺めている。 「なあ、ミュウ」 「はいですの」 「俺は多分、明日死ぬよ」 「……はい、ですの」 ソーサラーリングを抱えて、ミュウはうな垂れた。 何か言おうとして、止める。 「やっぱ止めた」 「何をですの?」 「お前に言葉を残すのも、やっぱり最後にする」 「みゅうぅぅぅ」 ミュウが俺の足に顔をなすりつけた。 「ご主人様、ご主人様……」 「泣くな、ミュウ」 泣き虫で、時々うざくて、でも底抜けに明るい。 ミュウの存在にも、ずっと助けられていた。 ノエルよりも、シンクよりも、漆黒の翼よりも、仲間達よりもずっと長く、俺のそばにいてくれた青い聖獣。 俺のわがままにつき合わせてごめんな。 でも、それも明日で最後だから。 「俺の最後の戦い、きちんと見届けろよ。これは俺がお前に下す、最後の命令だ」 ぎゅっと足を握り締めている。 ミュウが耐え切れずに眠るまで、俺はずっとミュウを撫でていた。 「ルーク、ノエルが今日徹夜するから、僕達は休めってさ」 「本当か」 「うん」 シンクは昨日も徹夜だったはずだし、明日は決戦になる。 彼女なりの、心遣い、なんのだろうか。 「……甘えさせて貰うとするか」 「僕は甘える気満々だけど?」 シンクの言葉に噴出して、二人で向かい合って笑った。 「楽しみにしてるよ。あんたの最後の戦いと、最後の言葉」 「ああ、してろ」 「それを邪魔する奴は僕が遠慮なく地面に沈めるからそのつもりで」 くっくと、喉でまた笑った。 「ああ、ほんと頼もしいよ、お前は」 「だろ?」 心残りは何もない。 あとは戦うだけだ。 きっとローレライとの誓いは果たそうと、この世界に誓った。 歪んだ時間が終わる (全ての始まり、全ての終わり、それは一緒にやってくる)