しばらく、静寂が流れた。

しかしそれは、俺の倒れる音によって破られる。

「ルーク!」

「ご主人様!」

「閣下!」

「総長!」

いろんな声が飛び交う。

俺はそれらの全てを手だけで制した。

「誰も、来るな……これから、最後の仕事が、あるんだ……」

もう体はぎりぎり。

さっきの超振動のせいで乖離は間近。

でも、これだけはやり遂げないと。

ローレライの剣の血を振って、地面に突き刺して支えにして立つ。

そして、大きく息を吸った。

「トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ」

全ての始まりはこの歌だった。

今はもう、おぼろげなくらい懐かしい過去。

「クロア リュオ トゥエ ズェ リュオ レイ ネウ レイ ズェ」

ああ、俺は大切なものを守れただろうか。

奪った命も、失った命も、助けた命も、救った命も数知れない。

「ヴァ レイ ズェ トゥエ ネウ ズェ リュオ ズェ クロア」

俺はもうすぐこの世界の一部になる。

たどり着く場所は、きっと俺が求めていた安息の場所であると信じて。

「リュオ レイ クロア リュオ ズェ レイ ヴァ ズェ レイ」

俺が紡いで来た道。

俺が繋いだ道。

きっとそれらは無駄ではなかったと、そう思いたい。

「ヴァ ネウ ヴァ レイ ヴァ ネウ ヴァ ズェ レイ」

血塗れになった。

もうきっと誰にも人殺しだなんていえないくらい、血で染まった。

それでもこの世界は美しく、愛しくて。

「クロア リュオ クロア ネウ ズェ レイ クロア リュオ ズェ レイ ヴァ」

大好きだった、みんな。

ミュウもシンクもイオンもティアもガイもナタリアもアッシュもジェイドもアニスも。

師匠やリグレット、ラルゴにアリエッタ、ディスト、そのほか、みんな、俺と会った全ての人たち、俺の世界。

「レイ ヴァ ネウ クロア トゥエ レイ レイ」

ありがとう。

ローレライの剣の周りに譜陣が広がる。

温かくて、優しくて、ああ、みんなみたいだ。

『これが、お前の目指した終着点。お前の望みか』

光の中から声がする。

なあ、俺はユリアが大譜歌にこめた思いを叶えられただろうか。

ローレライは答えない。

でも。

「はは、俺……笑え、てるよな……?」

約束は、誓いは果たすよ、ローレライ。

そこで俺は力尽きて、倒れた。

今度は他のみんなも走りよってくる。

「シンク、見てただろ……?俺、やったぜ……目的は、全部果たした……」

「ああ、見てたさ!最後まで、ずっと!だから、言ってよ。僕に、残す言葉……」

若干シンクが潤んでいるように見える。

柄じゃないな、と笑って。

「ありがとう、シンク。俺の生き方、見届けてくれて。俺の傍にいてくれて。

お前は最高の相棒だよ。出来れば、俺の道、忘れないでくれ。繋いだ未来で、お前は生きてくれ……」

「うん……」

「ありがとう、ミュウ。最初から最後まで、お前はずっと俺の隣にいてくれた。十分恩は返して貰ったよ。

チーグルの森で、静かに、幸せに、生きろ。そのくらい、シンクも送ってくれるだろ」

「ご主人様、ご主人様、ボクは、絶対ご主人様のこと、忘れないですの…!」

ミュウとシンクが俺に覆いかぶさるように覗き込んでいる。

僅かに顔を動かすと、ヴァン師匠を取り囲んでいるあいつら(−モースとディスト)がいた。

「リグレット、悪いな、どっちの仇も討たせてやれねえ。

俺はもうすぐ死ぬからな。ああ、ちなみにエルドラントももうどこにもないぜ。

瘴気中和に使っちまった。悪いな。ラルゴ、いや、バダッグ、どうせなら生きた命、もっと幸せに使ってみろ。

アリエッタ、お前本当は知ってんだろ?いつまでもいじけてないで、前を見ろ、みんな、自分の道を歩け……」

俺の言葉に、あいつらが全員振り返った。

なぜ、知っているとばかりに。

シンクが、目の端に水をこらえながら言った。

「最後だ、教えてよ、ルーク。アンタが今まで隠してきた、僕に教えてくれなかった残りの全て」

やっぱ分かってたのか。

“全て”の中から、“殆ど”を抜いた最後の部分。

すべてのはじまり。

「そうだ、な……最後だし……」

ああ、足の先、もう感覚なくなってきたな。

「俺は、一度死んでる。ここと同じ、違う世界で。ルーク・フォン・ファブレとして……」

全員、俺の方を見ていた。

「外郭大地の降下もやった、お前らとも戦った。師匠も、リグレットも、ラルゴも、アリエッタも……

シンクも、俺が仲間達と一緒に殺した。

そして俺は、瘴気中和の反動と、ローレライの解放の負荷で、乖離して消えた……」

それは歪んで消えてしまった未来であり過去である。

「そこまでにフリングス将軍も、イエモンさんも、各国の兵士達もたくさん……

アッシュもイオンも、死んだ」

消えてしまった命、助かった命、それらは全て、確かにその時間、生きていたんだ。

歪んで消されてしまった歴史、俺が新たに歩んだ歴史、どっちが正しいかなんて分からない。

いや、きっとどっちも正しくも間違ってもいなかったんだ。

ただ、紡がれたもの、それが全て。

「そして俺は、ローレライによって巻き戻された時間に、アクゼリュスに戻ってきた……

俺は、俺にやれることをやると決めた……そして、俺はやりきった」

もう、無感覚は上半身に入ってきている。

「最初は、ただ……みんなを守りたい、本当に助けたい、それだけだったんだ……」

ああ、でも俺の望みはかなえられたよ。

俺にやれることは全部やった。

一番助けたかったあいつも、救えることができた。

だから。

「ローレライ、俺、もう、眠っても、いいよな……」

この心を抱えたまま、俺はいきたい。

「ルーク、アンタは僕が会った中で、最高の、人間だよ!

だから……もう眠っていいよっ。誰も起こしたりなんか、しないから……」

ああ、シンク泣いてるのか?

俺が死んでも泣かないって言ってたくせに。

本当に、どいつもこいつも分かりにくい優しい奴らだったよ。

でも俺はそいつらにたくさんたくさん救われて。

だからこそ俺は今ここにいるのだけれど。

前回も含めて、俺が歩んできた道、それら全てが俺を形作っている。

ああ、やっぱり預言なんて関係ないじゃないか。

みんなが自分の道を選んで進んだとき、残されたものが歴史になる。

なあ、そうだろう?

『その通りだ、我の子』

ローレライ。

もうそろそろ声も出せなくなる。

せめて、最高の笑顔をこの世界に残す、俺の最後の軌跡に。

「ありが……と……だいす、き……な、おれ…の……かい……」

体が光に包まれる。

何も見えない、感じない。

でも確かに俺は世界の一部になった。


『預言を覆した、自分の望みを貫き通した愛しい我が子、ゆるりと眠れ……』