やたらと飛ばすギンジのアルビオールに乗って、俺達はレムの塔に向かった。

そこには、もう誰も、何もなかった。

ただ、大量に残る血と戦いの跡、そして第七音素だけがあった。

「何、これ……」

ガキの呟き声も、頭に入らなかった。


「陛下。どういうことですか」

「ジェイド、全ては終わったのか」

陛下は、ひどく悲しそうな顔をしていた。

「ええ。確認をとりました。ヴァンは死亡、ルークとイオン様は以前行方不明。何か知ってるんでしょう?」

あれから、すぐそばで、ヴァンの遺体を運んでいる六神将を見つけた。

一応罪人は罪人ということで、全員捕縛することになった。

けど、奴らは何も言わなかった。

ティアがとても泣いていたけれど……。

報告を聞いた陛下、悲しそうにうな垂れる。

「そうか、ルークは死んだか……」

「え?」

そこにいた、俺達全員が声を上げた。

「お前も一応マルクト軍属だからな。この手紙を持って地図に書いてある場所に行け。そこに導師がいる」

ジェイドが手紙を受け取る。

そして、謁見の間を出た後、俺達にゆっくりと読み聞かせた。


『  陛下へ

 
 この手紙を見る頃、俺はもう死んでいるでしょうね。

 殆ど何も告げず、助力ばかり仰いですみませんでした。

 どうか俺の罪は瘴気中和と大元のヴァン師匠を始末することで許してください。

 俺の同行者には何の罪もありません。

 陛下の寛大な処置を、音譜帯より願っています。


 同封した地図の印がついた場所に、マルクト兵を、この手紙を持って向かわせて下さい。

 そこに、イオンと、タトリン夫妻と、もうひとりいます。

 この手紙があれば解放してくれるはずです。

 どうかよろしくお願いいたします。


 それでは、陛下。

 さようなら、ありがとうございました。

 これからもマルクトを陛下のお力で平和に導いてください。


                          ルーク・フォン・ファブレ』


それはまるで遺書だった。

「パパとママが!?」

アニスが声を上げる。

「もう一人って…?」

「それにここはどこですの?」

ティアとナタリアが首をかしげる。

「行ってみるしか、ないでしょうね」

ジェイドが顔を上げてさっさと歩き出した。

みんな、それに続く。

だが、俺はなかなか歩き出すことができなかった。

ただ、ルークの死というものを信じられずにいた。

なあ、嘘だよな。

いつもみたいに、悪戯が成功した時みたいに、嬉しそうに出てくるよな?

あの朱色が見つからない。


「確かに。来な。導師の元へ案内するよ」

手紙を確認した男は、踵を返す。

ルークの手紙には本当に町があった。

漆黒の翼のアジトだという。

珍妙だったけど。

案内された扉を開けて、イオン様とパパとママと見つけて、思わず声を上げる。

そして、そこにいたもう一人とは、イオン様と同じ顔をした子どもだった。

「レプリカ……」

大佐が小さく呟いている。

私はそれより、虚ろ気味なイオン様の方が気がかりだった。

「イオン様!」

声をかけ、近寄ると、僅かにイオン様は反応を見せた。

だけど、私だと分かると、途端に泣きそうな顔をして。

「ああアニス……あなたがここにいるということは、ルークは、ルークは死んでしまったのですね……」

陛下と言い、イオン様といい、何でルークのことを……?

でも、私はイオン様に聞くことが出来なかった。

だって、だってイオン様の目は。

「僕は、生き残ってしまった……本当なら、僕が死ぬべきだったのに……

でも、ルークに生きろといわれた僕は、死ぬことすらできない……」

もうこれ以上ないほど泣いた跡が分かるイオン様は、私達を見ずにそう呟いた。


ナム孤島から出ると、ギンジさんが切羽詰った声で誰かと話しているのを見つける。

「どうした、ギンジ」

アッシュが声をかけると、ギンジさんはそのままの表情で、呟くように。

「……ノエルが、ここに来るそうです。皆さん、しばしお待ちいただけますか」

それだけ言った。

その言葉に反応したのは、イオン様だった。

「ノエル、さんが……?シンクは、ミュウはどこです?」

何でシンクに……え、ミュウ!?

怖いくらいなイオン様に、ギンジさんは冷静に返した。

「……ノエルが話します」

少しして、もう一機のアルビオールが、そこに着陸した。

そこから、金髪の少女が降り立つ。

「皆さん、お久しぶりです、そして、イオン様も……」

シェリダンの工房で何回か会った、ギンジさんの妹、ノエルだ。

ノエルに、イオン様がしがみつくように言った。

「ノエル、シンクは、ミュウは!?」

「……ミュウさんは、シンクさんがチーグルの森に帰しました。ルークさんの遺言だそうです。

シンクさんも、ルークさんの遺言と、自分の決意にしたがって生きると、去っていきました」

それは酷く淡々とした報告だった。

イオン様がへたり込み、アニスが傍に寄る。

けれど、私達には、何がどう繋がるのかさっぱり分からない。

「イオン様、ご説明願えますか?」

大佐が、あくまで冷静に告げた。

「……シンクは、ルークとミュウと、一緒でした……

彼ならきっとルークの全てを知っていると思ったんです……ノエルも、一緒でしたから……」

「全て、とは?」

「全部です。ルークが、僕達を先回りして外郭大地降下の操作が出来た理由も、

どこでローレライと繋がって惑星秘預言を最後まで知ったのかも、僕達がレプリカだということも……

そもそもどうして彼が全ての罪を一人で背負おうとしたのかも、全部!」

最後は悲鳴に近かった。

それでも、イオン様の訴えは私達に衝撃を与えるには十分で。

だって、彼はアクゼリュスでの罪に押しつぶされて、逃げたのだと思っていた。

一人で安全な場所で縮こまっていると。

そこで大佐が新たに爆弾を投下した。

「瘴気中和も、彼の仕業ですか?」

「そうです!そのためにルークは、大勢のレプリカを殺したと言っていました!」

「なっアクゼリュスに加えて、まだ罪を……!」

アニスが憤慨するが、イオン様の獣のような目つきに驚いて、口を噤んだ。

先ほどの虚ろな感じとは違う。

でも、彼の緑の目は暗く、どこも見ていない。

イオン様に一体何があったというのだろう。

しばらく黙っていた大佐が、眼鏡を軽く抑えた。

「なるほど、繋がってきました……彼は瘴気中和の代わりに、残ったレプリカたちの保護を陛下に頼んだのでしょうね」

「え!?」

大佐の頭の中では、断片的な情報が組み立てられつつあるらしい。

「その結果が、あのレプリカたちの、“我らの同胞が屍で国を作ってくれる”ですよ。

あれは、ルークが命をかけて、マルクトにレプリカの保護を頼んだことを意味していたのです」

「そんな……」

「も一つ爆弾投下してやろうか?」

呆然とする私達の後ろから声がかかった。

彼女は確か、漆黒の翼の女リーダー、ノワールと言ったか。

「バチカルで、偽姫とかでそこのお姫様捕まったろ?

それを助けたのはルークさ。なんせ、あたい達が手伝ったんだから、確かだ」

「何だと!?」

アッシュが怒りを向ける。

「おー怖い。さらに言うとだね、ダアトに導師と姫が捕まったのを助けたのもルーク、

地核振動防止作戦とやらで、妨害にきた奴らを蹴散らしたのもルーク、

ラジエイトゲートでそこの坊やを手助けしたのもルークだよ。

ああそういえば、戦争が始まりそうになった時、超振動とやらで大きな谷を作って戦争を防いだのもルークだよ。

あたいら、前半はルークに雇われてたからね。直に目で見てきたんだ、疑いようがないよ」

次々明かされていく、隠されていたルークの行動。

それらは行く先々で、私達が不思議に思っていたことだった。

「あたいらは理由は知らない。あの子はあたいらに何も喋ってくれなかったからね。

ただ、旅の間、あの子がどんな感じだったかは知ってる。

何回も死にそうな顔をして戦って、何回もぶっ倒れて、また戦って。

それでも最初から最後まで、死を当たり前のものとして受け入れる、殉教者の目をしていたよ」

そこでノワールは背を向けた。

「あの子をあそこまで追い詰めたのはあんたらかい?だったら、あたいは一生あんた達を許せないね。

あの子、レプリカってやつで、まだ生まれた数年しか経ってないんだって?

そんなの、まだ小さな子供の年齢じゃないか」

「正確には、七歳、だそうです」

「……あんなの、七歳児のする目じゃなかったよ。

それを分かっていて、あの子をあんな風にしたのなら……

あんたたちがしたことは、大量虐殺者よりも罪深いことかもしれないよ」

それだけ言うと、ノワールは中に入って、扉を固く閉めた。


チーグルの森では、ずっとミュウが泣いていました。

仲間がいくら慰めても、泣き続けたままでした。

そして私達が来たのを見ると、聖獣とは思えない目つきで睨んできたんですの。

「みなさんが、みなさんがご主人様を殺したんですの!ボクは絶対、皆さんを許しませんですの!」

そう言って、泣きじゃくったまま炎を吐いてきましたわ。

私達が避けたのも、他のチーグルが鎮火しているのも構わず、ミュウは叫んでいました。

「帰れですの!ボクはみなさんの顔も見たくないですの!」

そう言って、ミュウはイオン様以外の人間に炎を吹いてきました。

その目は、恨みよりも濁った感情で染まっていました。


それから俺達は、幾つか町を回って、ルークの行動の断片を聞いた。

バチカルで、ナタリアのために市民を扇動したのが確かに漆黒の翼であること。(つまりは屑だ!)

ベルケンドで、スピノザを誘拐したり(しかしこれはスピノザの密告を防ぐためだった)、

体の精密検査を受けて、死の宣告を二度もされていた。(やはり彼は死んだのかと医者は嘆いた)

ダアトで、ガキがモースのスパイだったことを白状した。

屑が導師と、人質状態の両親を連れ出していなければ、

自分は導師を裏切って殺す羽目になっていたかもしれないと。(どうして、今更!)

シェリダンでは、創世暦時代の遺産を二つも持ってきてくれたと、英雄扱いだった。

俺達が乗っていたアルビオールにも使われていたらしい。(胸糞悪い!)

グランコクマでは、ある師団の危機を、やはりあいつが救っていたらしい。

なんでだ、なんであの屑の活躍が叩けば叩くほど出てきやがる!

あいつは屑なんだ、劣化したレプリカなんだ!

その俺の叫びは、あいつが取り戻した青い空に吸い込まれていった。


同じ空の下、少年はフードつきのローブを被って、平和を取り戻しつつある大地を眺めていた。

「全く、冗談じゃないね。この平和を取り戻したのが誰かも知らないでさ」

風が強い。

ばたばたとローブと、深緑の髪が揺れている。

「まあ、知らないでいいって言ったのは、あいつなんだけど……」

呟きは空と風に呑まれていく。

そして、少年は空を見上げた。

青く、どこまでも青く透き通った空には、譜石が浮かんでいる。

そのどこであいつは眠っているんだろうと、少年は緑の目を細めた。

しばらくそうしていると、そばに少年よりも大きい人間が近づく。

「―――、みな、そろった。いつでも出発できる」

「分かった、すぐ行く」

少年はそういうと、もう一度空を見上げた。

自分の声は遠いあそこまでは届かないだろうが。

それでも、音と言う風に乗せて。

「僕はアンタとの約束、きちんと果たすからね。そこでのんびり見物でもしてなよ。アンタは十分頑張った。

もう頑張る必要ないからさ。僕も、今度会ったらアンタに胸を張れるくらい頑張るよ。

そしていつかそこまで行くからさ、それまでまあ気長に昼寝でもして待っててよね、―――」

そして少年は、少し離れた所にいた者たちを見渡して言う。

「行こう、同胞たち。あいつが屍で作ってくれた国で、精一杯生きてみようよ」

それは、彼が繋いでくれた道。

繋いでくれた先で、きっと彼は待っていてくれるだろう。

そして、今度は本当に心から笑った笑顔を見れるといい。

そう願って、少年は歩き出した。


自分が選んだ、何者にも縛られない道を。