出会いの村


谷を出て、見つけた辻馬車に乗り込んだはいいが、その馬車はマルクト帝国のグランコクマ行きだった。

そこで二人は初めて、ここがマルクトであることを知る。

グランコクマまで行くわけにはいかず、二人は途中のエンゲーブで降りた。

「どーすんだよ、ここ、マルクトだってよ」

「しょうがないじゃない。土地勘がないんだもの。けど、困ったわね。

エンゲーブとなると……ローテルロー橋も落ちてしまったし、カイツールに向かうしかないでしょうね。

でも、旅券がないと検問所は通れないし……どちらにしてもとりあえずは南に向かうべきかしら」

キムラスカとマルクトの国境は南にあったわよね、とティアは地理を思い出す。

辻馬車はローテルロー橋を通ったのだが、通った直後に、軍籍の軍艦に落とされてしまったのだ。

エンゲーブから、南にあるカイツールの国境まではそれなりに距離がある。

長くなりそうな旅にティアがため息をつくと、ルークが文句を言った。

「かったりぃ」

「文句言わないで」

「言わずにいられるかっつーの」

口を尖らせるルークに、ティアはもう一度ため息をついた。

「はあ……とにかく、今から村を出るには遅すぎるわ。今日はこの村に泊まりましょう」

「こんな村に……あんなに嫌だった屋敷が恋しいぜ……」

そう言って、二人はエンゲーブに入った。


宿の入り口がなにやら騒がしかったので、二人は先に村を見て回ることにした。

「お、うまそうなりんごだな。おっちゃん、これ……二つ」

ルークがポケットからごそごそお金を取り出す。

「あいよ。一つは後ろの美人の姉ちゃんのかい?隅におけねえな、坊主」

「なっ!んなわけぬぇーよ!両方俺の!」

「照れるな照れるな。あいよ、りんご二つな」

大らかに笑った後、ルークのお金を受け取って、男はルークにりんごを二つ渡した。

また来いよ、という男に手を振って返し、ルークはりんごにかぶりつく。

「あなた、身一つで飛ばされたんでしょう?辻馬車の時といい、お金なんてどこに持っていたの」

辻馬車の時も、ルークは何万という大金をひょいと出して見せた。

ルークの服に、そんなにたくさんのお金をしまえるようなところがあるとは思えない。

「どーだっていーだろ、んなこと。おら、お前の分」

そう言って、ルークはりんごの一つをティアに放り投げた。

ティアは慌ててそれをキャッチする。

「危ないじゃない」

「俺がそんなこと、知るか」

ルークはまた一口りんごをかじる。

ティアははぁ、とため息をついて、同じようにりんごを齧り始めた。


宿屋に戻ると、りんごを齧りながらやってきたルークたちは、

最近頻発している食料盗難事件の犯人にされ、ローズという町の取り締まり役の家まで連れてこられた。

「だーかーら!俺は犯人じゃぬぇー!って言ってるだろ!」

「犯人は決まってそういうんだよ!」

ルークとティアは後ろ手で締め上げられている。

「ローズさん、食糧泥棒捕まえたぜ!」

「だから違うと…!」

主張を続けようとして、顔を上げたルークは固まった。

そして、それを見たティアも顔を上げて、同じく固まる。

そこには、青い軍服を着た男が立っていた。

「食糧泥棒ですか?物騒ですねぇ」

思わずルークはティアに目配せする。

「マ、マルクト軍がなんでここにいるんだよ!」

「マルクト領だからマルクト軍がいるのは当たり前でしょうけど…まずいわね」

小声でこそこそと話す。

ルークの赤い髪と緑の目はキムラスカの王族の証。

敵国で、敵国の軍人の前で無実の罪とはいえ縛り上げられている。

この上なくまずい状況だった。

「こそこそ話ですか?私にもぜひ教えて欲しいですねぇ」

男は微笑みを浮かべていたが、明らかに目が笑っていなかった。

ルークが冷や汗を流したとき。

「待って下さい。その人たちは食糧泥棒じゃありません」

声が響いた。

思わず二人とも、声がしたほうを見る。

そこには、緑の髪と緑の目をした少年が立っていた。

「イオン様!」

「イオン様!?」

村人の呼びかけと、ティアの反応が重なる。

「と、いうと?」

静まりかえった微妙な雰囲気を破って、軍人が先を促した。

「僕も事件が気になって、調べていたんです。そうしたら、これを食糧庫の隅で見つけて…」

イオンに渡されたものを、ふむと軍人が眺めた。

「チーグルの毛、ですね」

「ええ。草食であるチーグルがなぜ食糧を盗むのかは分かりませんが……犯人は彼らだと思います」

「だ、そうですよ」

軍人がそういうと、男はしぶしぶながら手を放した。

「ごめんなさいね、うちのもんが早とちりして」

ローズが男たちを押しやりながら礼を言う。

「いえ…とにかく、誤解が解けてよかったです」

ようやく解放された手を解しながらティアが言った。

「ったく、ほんと散々だぜ…」

ルークも手を解して、それからさっさと扉に向かう。

「どこへ?」

それを見た軍人が尋ねてきた。

「疑いは晴れたんだろ?なら、もうここにいる意味ねえじゃん。

もともと俺は宿を取りに来ただけだっつーのによ。ったく……」

ほとんど独り言のように呟いて、ルークは足早に家を出て行く。

「あ、ちょっと待って!イオン様、すいません、御前を失礼します!」

律儀にイオンに挨拶をしてから、ティアは慌ててルークの後を追った。

残された者たちは、ただそれを呆然と見ていた。

「赤い髪に、緑の目、ですか……」

眼鏡を抑えながら呟いた、軍人を除いて。


その顔には、ずっと微笑みがついたまま。