闇夜の追跡


食糧泥棒の濡れ衣を晴らした後、宿を取り、ルークはもう疲れたと言わんばかりにさっさと寝てしまった。

「もう…まるで子供ね」

その我侭傲慢ぶりに、ティアは呆れてため息をついた。


何か音がした気がして、ティアは夜中に目を覚ました。

何かしら、と起き上がって見回すと。

「っ!ルーク!?」

ルークの姿が消えていた。

慌ててベッドを降り、部屋を出る。

宿を出て、辺りを見ると、視界の端に何か赤いものがちらついた。

よく見れば、それは人のようだ。

ティアは迷わず走って、それを追いかける。

近づいたところで、声をかける。

「ルーク!」

「わ!…なんだ、ティアかよ、おどかすんじゃねえ」

案の定それはルークで、ティアであることを確認すると、一息ついた。

無事であることを確認し、ティアも安心する。

「あなた、こんな夜更けに宿を抜け出してどこへ行くつもり?」

さすがに夜なので、少し声を抑える。

「わりぃ。何となく目が覚めてよ。それで、何気なく窓の外を見たら、ほら、あいつ」

ルークの指した先を見て、ティアはさらに驚いた。

「導師イオン!?」

「どこ行くんだ、と思わず追いかけてきちまって…悪かったな」

「…いえ」

まだ驚いているティアに、ルークが声をかけた。

「で、あのよ、追いかけた方がいいんじゃないかと思うんだけど」

「え」

「あいつ、もしかして村の外に出るつもりなんじゃねーのか」

言われて、ティアはイオンの方を見る。

散歩というには方角が決まっていて、しかもその方向は。

「チーグルの森…?」

「それって、昼間言ってた食糧泥棒のことか?」

覚えていたのね、とティアが頷く。

「その、チーグルが棲んでいる森よ。

確かに、こんな時間にチーグルの森へ……しかも導師お一人でなんて危険だわ。追いかけましょう」


話している間にだいぶ遠くなってしまったイオンを追いかけ、二人は走り出した。

もう森に入ったと言う頃に、急に森が騒がしくなる。

「なんだ?」

「あ!」

前にいる導師の周りに、魔物――ライガが群がっていた。

「大変!」

ティアは走る速度を上げる。

ルークもそれに続いた。

だが、助けるには距離がありすぎる。

ライガがイオンに襲い掛かろうとし、オンが手を掲げ、何かをしようとしたとき。

辺りに突風が吹いた。

「きゃ!?」

「わぁ!」

「グルガァァ!」

思わずしりもちをついたティアたちは、獣の鳴き声に慌てて顔を上げる。

すると、ライガが遠くへ走り去っていく後ろ姿が視界に入った。

「なんだったんだ、今の…」

同じく風で倒れていたらしいルークが起き上がった。

そして、倒れているイオンに気づき、駆け寄る。

「おい、大丈夫か?」

ティアも起き上がってイオンに駆け寄った。

「イオン様、大丈夫ですか!?」

「僕は大丈夫です。あなた方が助けて下さったのですか?ありがとうございます」

ゆっくりと起き上がって、イオンは礼を言った。

「いえ、私達ではありません。今の風は、イオン様の術ではないのですか?」

「ダアト式譜術を使おうとはしましたが、使う前にあの風が吹いたんです。

では、あの風は自然発生したものだったのでしょうか……?」

首をかしげるイオンと、イオンを気遣うティアを見て、ルークが割り込んだ。

「なあ、お前ら、知り合いなのか?」

「いえ。でも神託の盾騎士団に所属している以上、イオン様を知らないわけがないわ。

イオン様はローレライ教団の導師だもの」

「やはりあなたも神託の盾騎士団なんですね。服からそう思ってはいましたが…」

イオンの言葉を聞いて、慌ててティアが佇まいを直して、名乗った。

「神託の盾騎士団大詠師モース配下、情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長です!」

長い肩書き、と呟いていたルークは、次のイオンの言葉を聞いて驚く。

「では、あなたがヴァンの妹ですね。話は聞いています」

「ヴァ、あ、お、お前がヴァン師匠の妹!?」

わなわなと震えてティアを指差す。

まるで信じられないものを見るような目だ。

「隠していたわけじゃないけれど……そうよ。ヴァン・グランツは私の実の兄」

「なんで妹がヴァン師匠を殺そうと襲いかかって来るんだよ!?」

「襲いかかって…?」

不穏な言葉を聞いたイオンが、目を丸くした。

「あ、あの、これには私的な事情がありまして……それよりイオン様はなぜ、チーグルの森へ?」

詳しく聞かれたくないのか、ティアは慌てて話題転換をする。

多少苦しい言い訳だったが、イオンは何も突っ込まなかった。

「僕は、チーグルに食糧泥棒の理由を尋ねに……彼らは魔物の中でも賢く、大人しいんです。

食糧を盗むなんておかしい。それに、チーグルは教団のシンボルでもあるし、どうしても気になって」

「それで、お一人で森へ?」

「ええ」

まだ混乱しているルークをよそに、二人は会話を進めていた。

ティアは戻るようにイオンを説得していたが、イオンは折れなかった。

「師匠のことは後で聞くとして、しゃーねーから、俺達で付いていってやろうぜ」

「ルーク!イオン様を危ないところへお連れするつもり!?」

そんなことはできない、とティアが叫んだのだが。

「ほっといてもこいつ、また一人で森に入っていくだろ。

それなら俺達がついていた方がまだ安心じゃねーの。

それに、俺が濡れ衣着せられた事件の真相も気になるしな」

ルークは呆れたようにいう。

イオンはそれに頷いた。

「はい、僕もやはり気になるので…

それに、村で待機している仲間に伝えると、行かせてもらえそうにないので」

ルークは昼間会ったマルクト軍の人間を思い出す。

しばらく悩んでいたティアだが、やがてため息をついて降参した。

「分かりました。同行します」

「すいません」

同行が決まったところで、ルークが思い出したように言った。

「ところでよ、お前戦えるのか?」

さっきは何かしようとしてたみたいだけどよ、とルークが続ける。

「ダアト式譜術は使えますが…僕は体が弱くて、反動ですぐ倒れてしまうんです」

「それなのにさっき、その何とか術を使おうとしたのか!?」

「それしか僕は使えなくて…」

イオンは申し訳なさそうにいうが、ルークは逆に呆れていた。

しばらく頭を掻いていたかと思うと、ああもう、と呟く。

「魔物追っ払うために体調崩してりゃ世話ねーな。しゃあねえ。戦いになったらお前は下がってろ」

その言葉を聞いたイオンが、顔をあげて輝かせた。

「守ってくださるんですか!感激です、ルーク殿!」

「ばっそんなんじゃぬぇーよ!」

慌てて否定するルークに、イオンは感謝の意を伝える。

「ありがとうございます!ルーク殿は優しい方なんですね!」

それを聞いたルークが、また慌てて否定するの繰り返し。

それを見ていたティアは、一つため息をついて。

「イオン様の護衛に、ルークのお守り……私の身がもつかしら」

じゃれあいをしている二人を見て、ティアはもう一度ため息をついた。


風が、穏やかに一吹きした。