聖獣の棲む森


魔物を退けつつ、森を進む。

やがて、大木そびえる広い場所へと出た。

「うわ、すげ……」

それはまさに自然のそのものともいえる雄大さで。

ルークも驚嘆の声を上げていた。

「ええ、綺麗ね」

日の光が全くといっていいほど届かない故郷を思い浮かべる。

(ユリアシティには、こんな自然、なかったから……新鮮だわ)

ティアは初めて見る大自然の象徴に、感嘆の息をもらした。

「二人とも、見てください」

しばらく木を見上げていた二人が、呼ばれてイオンの方を見る。

そこには一つのリンゴが握られていた。

「このリンゴにはエンゲーブの焼き印がしてありました。やはり食糧泥棒の犯人はチーグルのようですね」

イオンが悲しそうにうなだれる。

「それで、そのチーグルとやらはどこにいるんだ?」

ルークがそう聞けば、イオンは視線でその場所を指し示した。

大木の根元にある、大きなうろを。


多少の警戒をしつつ、三人がうろ中に入ると、そこにはチーグルがあふれかえっていた。

「うわ、なんだこのちっこいの!」

「彼らがチーグルです。しかし、これじゃ通れませんね」

「かわいい……」

みゅうみゅうと、チーグルたちが鳴く中で三者三様の反応をする。

ティアの声は小さすぎて、他の二人には届かなかったようだ。

少しして、チーグルはびくついたように道を開けた。

奥から、一匹のチーグルが進み出てくる。

「……ユリア・ジュエの縁者か?」

「おい、魔物が喋ったぞ」

ルークは珍しいのか、しゃべったチーグルをまじまじと見ている。

「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ。もう一度聞く、ユリアの縁者か?」

そのチーグルは小さなリングを抱えている。

ルークはその言葉を聞いて、今度はリングを注視した。

そんなルークを見て苦笑しながら、イオンが答える。

「あなたが長老だとお見受けします」


「いかにも」

長老が頷いたのを確認してから、イオンが軽い礼をとった。

「はい。僕はローレライ教団の導師イオンです。あなた達が食糧泥棒をしているらしいという情報を掴んで、事情を聞きにやってきました」

イオンの声に、慌ててティアが佇まいを整える。

だが、その顔は緩むのをこらえる顔だった。

「それは、事情がありましてな……あるチーグルの仔が、北の森を誤って焼いてしまい、その森に住んでいるライガたちが移り住んで来たのじゃ。

食糧を差し出さねば、われらの仲間を喰うと脅されておってな……種の存続のためには、仕方なかったのじゃ」

それを聞いたイオンは、そんな事情が、と顔を曇らせる。

しかし、ルークは違う部分が気になったようだ。

「焼くって……こんなちびっこい奴らにそんなことができるのか?」

「チーグルは、成獣になると炎を吐くことができるのよ」

「へえ…」

ルークの疑問にティアが答える。

その後、しばらく黙っていたイオンが顔をあげた。

「なら、僕がライガと交渉に行ってみます」

「い、イオン様、本気ですか!?話も通じないというのに…!」

イオンの言葉にティアが制止をかけた。

だが、イオンの瞳は揺るがない。

「教団のシンボルであるチーグルが起こした失態は、教団の最高責任者である僕が償うべきです。行かなくてはなりません」

「……それなら、この仔を連れて行きなさい。例の森で火事を起こしたチーグルじゃ。ソーサラーリングを持たせれば、通訳になるじゃろう」

そう言って、長老は自分が身に着けていた金属の輪の近くにいた仔チーグルに渡す。

途端、そのチーグルはしゃべりだした。

「ボクはミュウですの、皆さん、よろしくお願いするですの!」

ぴょんぴょん、と小さく飛び跳ねながら自己紹介。

「なるほど、ソーサらーリングが通訳の役目を果たしているんですね」

確か昔、ユリアがチーグルに契約の証に与えたと言われていましたが、こういうことですかとイオンが納得した。

「はいですの!それに、これがあると、子どものボクでも火が吹けるんですの!」

そう言って、ミュウが火を吹こうとするのを、慌ててルークが止めた。

「ばっか!ここで吹いたらこの樹が燃えちまうだろーが!」

その言葉で、ミュウは口を止めて、悲しそうにうなだれた。

「ったく、そんな安易さだから、森を燃やしちまうんだよ」

ルークはぶつぶつ言いながら、ミュウを軽く蹴る。

体重の軽いミュウは、その一蹴りで大樹の外へと転がっていった。

「みゅぅぅぅぅ〜」

「ちょっとルーク、酷いじゃない!」

ティアは軽くルークを睨むと、ミュウを拾いに外へ出て行った。

「それでは、行って参ります」

イオンもそれに続く。

ルークはすぐには続かず、長老の方を軽く振り向いた。

「みゅうみゅううみゅううう〜」

ミュウとは違う、少ししゃがれた鳴き声。

その声を聞いて、ルークは柔らかく笑った。

「ああ、ありがとな。任せておけ」

そして、ルークもイオンたちの後を追って大樹を出る。


中では、チーグルたちがそろって礼をしていた。