誇り高き、獣の女王


魔物を追い払いつつ、時にミュウをからかいつつ、ルークたちは森の奥に進む。

やがて、少し開けた場所に出た。

そしてそこにはとても大きな魔物と、幾つかの大きく丸いものがあった。

「あれが、ライガか?」

「そうですの!ライガクイーンさんと、ライガの卵ですの!」

「ライガは卵を守る時期は、とても気が立っているはず……」

昔読んだ知識を、ティアは思い出す。

ライガクイーンはとても母性本能が強く、卵に近づくものに容赦はしないと。

しかし、現実は違っていた。

「の、はずなんだけど……」

ティアも、不安そうに続ける。

開けた場所にいたライガは、佇まいを正して、礼儀正しく座っていた。

「なんか、めっちゃ改まられてんだけど」

もしかしたら戦闘になるかも、と気を張っていた側としては拍子抜けだった。

「ガウウガゥゥガウ」

「え!?」

やはり礼儀正しそうに鳴いたライガに、ミュウが驚きの声を上げた。

「どうしたんですか、ミュウ」

その変化に気づいて、イオンが尋ねる。

だが、ミュウはそれには返事を返さなかった。

小さな音を聞きのがさまいとしているように、必死に耳を動かしている。

ティアがライガクイーンを見ると、そちらも同様であった。

しばらくその状態が続いたかと思うと、ライガクイーンが再び鳴いた。

「ミュウ、ライガクイーンはなんと?」

少しだけ間を空けて、ミュウがイオンを見上げた。

「えーと、私は人間に従わないって言ってるですの」

「やっぱり…!」

礼儀正しそうにしてはいても、やはり獣か、とティアが身構える。

「ガルガルガアアウ」

ミュウは続けてライガクイーンの言葉を訳した。

「けれど、主がそう言うのなら、別だ。私はここを立ち去ろう、って言ってるですの」

「え?」

「主……って、誰のこと?」

ミュウの言った言葉に、ティア達が首をかしげる。

そうしている間にも、ライガクイーンは卵を抱えて移動の準備を始めている。

「ま、立ち去ってくれるんならいいんじゃね?」

「ええ、それは、そうなのですが」

いまいち納得できないイオンだったが、現に問題は解決した。

分からないものはしょうがないと、息をつく。

その時だった。

「おや?終わってしまいましたか」

ルークたちが来たところから、声がした。

その姿を見て、イオンが声を上げる。

「ジェイド!」

「あ、昼間の……」

そこにいたのは、昼間ルークたちが会ったマルクト軍の人間だった。

「すみません、ジェイド……どうしても気になって」

「全くです。勝手な行動は謹んでもらいたいものですね。アニスが心配していましたよ」

ジェイドの忠告に、イオンがもう一度すいません、とうつむいた。

「まあ、今のところはこれぐらいにしておきましょう。時間もありませんしね」

「親書が届いたのですか?」

「それもありますが、今はもう真夜中ですよ。お体に障ります」

すっかり置いてけぼりにされていたルークたちが、そういえばと頷く。

「ただでさえ出てきたの夜だったもんな。もうそんな時間になるか」

「そうね、もうだいぶ更けてしまったみたい」

「あなた方は、昼間の……」

「あー」

所在なさげにルークがうめく。

ティアも、改めてジェイドがマルクト軍人であることを思い出したようだ。

ジェイドとルークを交互に見て、どうしようかと迷っている。

「ジェイド、もう少しだけ寄り道してもいいですか?」

イオンのその言葉に、ジェイドが頭痛でもするかのように頭を抱えた。

「やれやれ、一体どこへです?」

「チーグルの住処へ、報告に。ルークたちも来てくれますか?」

矛先が向けられて、ルークたちは頷く。

「まあ、乗りかかった船だし」

「導師がそういうのなら」

「では、さっさと済ませてしまいましょう」

ジェイドが背を向けると、旅立つ直前のライガクイーンが一鳴きした。

「ガルガルガウウウ」

イオンはすかさず足元のミュウに通訳を頼む。

「ミュウ、彼女はなんて?」

「えっと、失礼致す、主、ですの」

人間に対する態度とは思えない、丁寧さ。

その言葉に、ティアたちは再び首をかしげる。

ジェイドは、チーグルであるミュウが喋ったことの方に驚いているようだった。


チーグルの大樹で報告をすると、それは感謝された。

何も渡すことはできないが、贖罪も兼ねてミュウを連れて行くようにと薦められる。

多少の議論があった後、その案を受け入れて、ルークがミュウを連れて行くことになった。

「これからもよろしくですの!」

ぴょんぴょん飛び跳ねるミュウに、ティアが一番微笑んでいた。


「よっし、森でのチーグル騒動は終わったし、宿に戻ろうぜ、ティア」

「そうね」

もう夜更けもとうに過ぎた時刻だったが、森にいるわけにもいかない。

歩き出した二人の前に、誰かが立ちふさがった。

ジェイドが、眼鏡を軽く押さえる。

「それは困りますねえ」

「え?」

思わずルークはその人を見上げた。

そこには、マルクト兵が。

「えええ?」

「どういうことですか」

ルークは目の前にいるマルクト兵とジェイドを見比べる。

若干ティアの体が強張った。

「そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです」

「はっ」

兵士は、すばやくルークとティアの身柄を押さえた。

「ジェイド、二人に乱暴なことは……」

それを見たイオンが、ジェイドにそう言う。

「ご安心なさい。何も殺そうというわけではありませんから――二人が暴れなければ」

ルークとティアは軽くジェイドを睨むだけで、何も言わない。

それを見たジェイドは、満足そうにうなずいだ。

「いい子ですね――連行せよ」

兵士に振り向かされて、二人が向いた先には。


巨大な軍艦が悠然と存在していた。