戦場へ


半強制的に連れて行かれた軍艦タルタロスの中で、ルークはフルネームを聞かれた後、

マルクト国軍大佐だというジェイドに、和平をとりなしてくれるよう持ちかけられた。

どうやら既にルークの正体については目星がついていたようだが。

「和平、ねえ……」

ルークはやる気がなさそうに呟く。

「あなたは戦争を起こしたいの?」

ティアが軽く咎めた。

ルークはしばらく視線を宙に彷徨わせてから、上にあげる。

「和平なんて平和的な響きにしちゃ、やり方が暴力的なんだけど?」

「すいません、ルーク…」

イオンが申し訳なさそうにうなだれる。

「ああ、イオンに言ったんじゃないって。な?」

そう言って視線を正面にいるジェイドに向けた。

ジェイドは軽く眼鏡を抑えてから、小さいため息をついて告げた。

「世界の平和のため、どうかそのお力をお貸しいただけませんか、ルーク様」

「……伯父上に謁見できるようにはとりなしてやるよ。だけど、俺は伯父上には会ったことがないに等しいからな。和平の手伝いにはならない」

少し間を空けた後、ルークはそう続ける。

「十分です。あなたにそこまで期待していません。謁見さえできれば、後は私とイオン様の仕事です」

ジェイドはルークの答えに満足そうに返し、国境に着くまでのんびりして下さい、と部屋を出て行った。

ルークは、はぁ〜と、大きなため息をつく。

「どうしました、ルーク?」

「こんなことで疲れたの?」

「疲れたっちゃ、疲れた……でも、大丈夫だよ」

ティアを軽く睨んだ後、そう言って、イオンに笑いかけた。

「そうですか、良かったです」

イオンもそれを聞いて安心したように笑う。

そして、風に当たってきます、と立ち上がったイオンの手を、ルークが掴んだ。

「ルーク?」

「ルーク、イオン様に何を……」

イオンが首をかしげ、ティアが咎めようとした時だった。

艦中に、けたたましい警報音が鳴り響く。

「敵襲!?」

「ルーク様、どうしよう!」

ティアは辺りを見回し、アニスはここぞとばかりにルークにしがみついた。

「ご主人様、魔物の気配がするですの!」

ミュウが飛び跳ねながら報告する。

ルークではなく、ティアがそれに答えた。

「本当、ミュウ?」

「間違いないですの!いっぱいお外にいるですの!」

ミュウの言葉にかぶせるように部屋の扉が開き、ジェイドが入ってきた。

「皆さん、いますね!?」

「はい、全員いますよ、大佐!」

アニスは一応見渡してから、ビッと姿勢を正して答える。

「何があったんですか!?」

「艦が魔物に襲撃されています。主砲で応戦していますが、どうやら既に何体か艦に入り込んでいるようで……ブリッジは占拠されたようです」

「そんな!」

「で、どうするんだよ」

不機嫌も顕わにルークが訪ねる。

「ルーク、この事態なのにそんな態度は命取りに…っ」

ティアの言葉は最後まで続かなかった。

「そんな心配はいらん」

太く低い声に、遮られたからだ。

ジェイドが廊下を見ると、そこには大柄の男が立っていた。

「大人しく導師を渡して貰おうか。マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐。いや、死霊使いジェイド」

その言葉にティアが驚いた。

「死霊使いジェイド?あなたが……!?」

「これはこれは。私も随分と有名になりましたね」

「戦場で骸を漁る貴様の噂、世界に広く……」

ヒュっと音がし、今度はラルゴの言葉が途切れた。

とっさに避けたラルゴの元位置には、黒い焦げ跡。

そこから数メートル離れたところに、ミュウがいた。

そして、よくやったと褒めるルーク。

「なっルーク!?」

「おしゃべりも戦いもよそでやってくんねーか。イオンが危ねーだろうが」

「貴様……っ!?」

不意を突かれたラルゴが武器を構え直したが、踏み出す前にジェイドが投げた槍が突き刺さる。

「ぐうっ」

「ミュウ、天井に第五音素を吐け!」

ラルゴが怯んだのを見て、ルークがすかさず命令した。

「はいですの!」

ミュウの吐いた炎が天井の譜石に当たり、小さな爆発が起きる。

「!皆さん、走りなさい!」

その爆発がラルゴにも当たったのを見て、ジェイドがそう叫ぶ。

一番前にいたジェイドが先頭を行き、後にイオンを引っ張っているアニスと、イオンの後ろを守るように走るティア、それからルークが続いた。

とりあえず視界に敵が入らない所まで来てから、ルークたちは一息つく。

「ただのお坊ちゃんかと思っていましたが……なかなか機転が利くじゃないですか」

「褒めてるように聞こえねーよっ」

息も全く切らさず、用心深くあたりを見回しながら、ジェイドがそう評す。

軽く息を整えながらルークが答えた。

「しかし、どうしましょう、大佐」

だいぶ息が落ち着いてきたティアが尋ねる。

ジェイドはメンバーを見渡してから、ふむ、とあごに手をやる。

「この面子なら、タルタロスの奪還も出来そうですね。ブリッジに向かいましょう」

「おい、イオンはどうすんだ。戦場に連れて行くのか?」

体が弱いんだろ、と付け加える。

「心配してくださって、ありがとうございます、ルーク。でも、僕なら大丈夫です。皆さんの足手まといにはならないようにします」

イオンが微笑みの中に、決意を含んだ意を見せた。

「イオン様もこう言っておられますし、一緒に行くことにしましょうか」

「……分かったよ。でもイオン、無理はするな」

「はい」

ルークの気遣いにイオンは嬉しそうに返事をし、ルークたちはブリッジに向かって走り出した。


ぞる、とどこからか響いた小さな音には、誰も気づかなかった。