魔に属する娘


ジェイドはタルタロスに備わっていた非情停止機構で、タルタロスの動きを止めた。

そして倉庫にあった爆薬で、艦の壁に穴を開ける。

今、唯一開くという左舷昇降口に行き、外の様子を窺った。

「大佐、どうですか?」

「……遠くに二人、人影が見えます。イオン様と……もう一人は六神将の誰かでしょうね」

ジェイドがこっそりと外を窺う。

森の影に、ぼんやりと人が見えた。

アニスも少し顔を出して覗いて、あ、と声を上げる。

「あれは多分、リグレットですよぉ。女性っぽいし、イオン様より大きいし……」

「リグレット教官!?」

「教官だって?」

ルークが僅かに顔をかしげた。

「仕官学校時代の教官なんです」

「ふむ、ではティア、彼女の武器は?」

「……譜銃です。二丁の。彼女は早撃ちが得意なので、見つかった瞬間に撃たれます」

少し躊躇ったあと、ティアはそう告げた。

ジェイドはその様子を見ながら、またふむ、とあごに手をやる。

「では、私の譜術は間に合いませんね。

ルーク、あなたが前に立って、扉が開いた瞬間に不意打ちを仕掛けなさい。

そして相手が緩んだ隙を見て、私が敵を捕らえます。アニスはイオン様の保護に走りなさい」

「……分かったよ」

「分かりました!」

ルークは小さく舌打ちしたあと頷いて、アニスは元気よく返事した。

「大佐、私は?」

「ティアは背後を警戒していて下さい。ただし前を向いたままで。

こちらが場を制したと思ったら、出てきなさい」

「分かりました」

あまり納得していない様子で、ティアは小さく頷く。

ミュウはルークの道具袋に突っ込まれて、小さく声援を送った。

「では、いきますよ」

近づいてくるにつれて、人影がリグレットとイオンだとはっきり分かるようになる。

外にいる部下に命じて、リグレットが扉を開けるよう命じた。

「は、今開きま……」

あけようとして、兵士の声は途中で止まった。

そのまま階段を転げ落ちる。

そこには剣を持ったルークがいた。

リグレットが驚いた一瞬の隙をついて、ジェイドとアニスが飛び出す。

アニスは何とかイオンを保護したが、ジェイドはリグレットを捕らえそこなった。

「さすが、死霊使いどの、油断できないな」

「お褒めに授かり光栄ですよ」

リグレットが避けたのを見て、階段にいたルークが飛び降りて剣を構え、リグレットと対峙した。

リグレットが銃を構えようとしたとき、タルタロスがから魔物と一緒に少女が降りてきた。

「アリエッタ!よく来た、そいつらを……」

「リグレット、だめ!死んじゃう!」

リグレットの言葉を、アリエッタの悲鳴が遮った。

なんだそれは、とリグレットが僅かに眉をひそめる。

「逆らっちゃだめ!」

アリエッタは震えていた。

一緒に降りてきて隣にいたライガは、頭を下げている。

リグレットが何のことだ、と言う前に、アリエッタのすぐそばに人が降りてきた。

その姿を確認したルークが、声を上げる。

「ガイ!」

「ガイ様、華麗に参上」

アリエッタに剣を突きつける。

そのせいか、アリエッタはびくりと肩を跳ね上げた。

「形勢逆転ですね」

ジェイドが眼鏡を押し上げる。

リグレットはしばらく考えた後、降参して譜銃を捨てた。

「いやあ、察しがよくて何よりです。さあ、タルタロスに戻りなさい」

ジェイドと、ガイに剣を突きつけられているアリエッタも軽く睨んでから、

リグレットはタルタロスに入った。

兵士もそれに続けて入る。

「さ、次はあなたです」

がたがたと震えたままのアリエッタは、ライガに縋りつくように歩いていった。


「ガイ、よくここがわかったな」

とりあえず剣をおろせるだけ落ち着いて、ルークはガイに声をかけた。

「やー、捜したぜぇ。こんなところにいやがるとはなー」

ガイは味方だと判断したのか、ジェイドはそちらから目を離してタルタロスに目をやった。

「大佐、これからどうします?」

ガイが現れたころに降りてきたティアは、軽く体を解しながら行った。

「国境へ向かうため、まずはカイツールでしょうが、その前にセントビナーに寄って行きましょう。

イオン様を一回休ませたほうがいいでしょうし」

アニスに支えられたイオンは、申し訳なさそうに謝った。

顔色が良くないイオンは、それだけで倒れそうだ。

「アニス、お前の人形巨大化するんだよな?イオンを乗せて行ったらどうだ?」

タルタロスでの戦いを思い出してルークが提案する。

ジェイドもその方がいいと言ったせいもあり、

イオンはアニスの人形(トクナガ)に乗って移動することになった。

「すいません、アニス……」

「大丈夫です!前衛はルーク様たちに任せて、私は後ろから譜術で攻撃しますから!」

「とりあえず移動しましょう。いつまでもここにいるのは良くない」

特にジェイドの提案に反対する理由もないので、一行はタルタロスを離れ、セントビナーへ向かった。


暗くなってきたところで、適当な場所を見つけて野営することになった。

歩きながら自己紹介を済ませたガイは、早々にメンバーに打ち解けている。

「もったいないなー、これでガイが女性恐怖症じゃなかったら、お友達くらいにはなってもいいのに」

「わわわ、分かってるなら近づかないでくれ!」

だが、女性恐怖症のガイは、アニスやティアが近づくたびにがたがた震えていた。

「アニス、離れてやれ」

さすあに気の毒だと思ったのか、ルークがやややる気なさげに声をかける。

はーい、と声をあげたアニスを見て、ガイがふう、と息をついた。

「さ、さんきゅ、ルーク」

「アニス、あいつもあれで結構苦労してんだから、苛めてやるなよ」

「……アニス、ルーク様がそういうならそうします!」

きゃは、とポーズを取りながらアニスは全身で返事した。

そこで、ルークが思い出したように声をかけた。

「そういや、アニス、聞きたいことがあるんだけど」

「何ですか?ルーク様の質問になら、何でもお答えしますよ!」

「タルタロスにいた、ピンクの髪のちっこい奴、あいつ何なんだ?」

その言葉に、アニスが露骨に嫌そうな顔をした。

ちょっと躊躇うアニスに代わって、イオンが口を開く。

「六神将の一人、妖獣のアリエッタですね」

「何でルーク様、あの根暗ッタのこと気にするんですかあ?」

ものすごく嫌そうな顔だ。

ガイは根暗ッタって、と苦笑を顔に浮かべている。

「いや、あいつガイが剣を突きつける前から震えてたよな。どうしたのかと思って」

「そういえばそうですねえ」

ジェイドも同意した。

アニスは若干顰めた顔を緩めて、考えるように首をかしげた。

「わかんないです。何であいつがあの時震えていたんでしょう?

私が知っていることっていえば、根暗ッタは魔物に育てられたってことぐらいですから」

「魔物に!?」

それにはジェイドとイオンを覗く三人が大なり小なり声をあげた。

「それなら僕も少し知っています。孤児になって、ライガの母親に育てられたらしいです。

そのおかげで、彼女は感覚が魔物並みに鋭く、会話することもできるらしいです」

へえ、とガイが感心する。

「そんなこともあるんだな」

「ということは、チーグルの森にいたライガクイーンって……」

ライガの母親、からティアがすぐさまライガクイーンを連想した。

「おそらくそうでしょうね。もしかしたら、アリエッタが怯えていたのは、

あの時ライガクイーンがとても大人しかったことに関係しているのかもしれません」

その時のことは今でもイオンの頭に引っかかっていた。

ライガはとても気高く、誇り高い。

それがあのような態度を取るなんて、いったい何があったのだろうか。

ライガや、ライガに育てられたアリエッタが畏怖する何か……?

「ふーん、魔物にねぇ。まあ結局理由は分からないままか」

ごめんなさい、としおらしく謝るアニスに別にいい、と告げる。

それからも一行は、眠りにつくまで適当な雑談を繰り返していた。


魔物のいない夜は、穏やかに過ぎていった。